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春色旅行 22
「パパ、おなか空いたー」
「よし、時間だな。朝食に行こう、俺も腹ペコさ」
宗吾さんが腕時計を見て、ニヤッと笑った。
ホテルのダイニングルームは、ポルトガルの宮殿をイメージしているそうで、クラシカルな雰囲気が漂っている。異国情緒あふれるその空間に、僕はしばしうっとりと見惚れていた。
白いテーブルクロスには、窓から降り注ぐ朝の淡い光が木漏れ日のように広がっている。
シティホテルの無機質な空気とは違い、ここには温かみが満ちていた。
いつもなら旅先の朝は少し緊張してしまうものだが、今日はまるでおとぎ話の世界に迷い込んだようで、ふわふわと不思議な気持ちだった。
そんな静かな時間が、突然鮮やかに変わった。
レストランの奥から数名のスタッフがワゴンを押しながら歩み寄ってきた。そこには宝石のように美しいバースデーケーキが輝いていた。生クリームのケーキに苺やブルーベリー、キウイがふんだんに飾られ、中央にはキャンドルが優しく灯っている。
「誰かの誕生日でしょうか」
僕は他人事のように思い、コーヒーカップを持ち上げた。
その瞬間、そのケーキは僕の目の前に恭しく置かれた。
「え……」
思わず目を見開き、息を呑んだ。
さっきからおとぎ話の中にいる気分だったが、ますます夢か現実かわからなくなった。
「あの……これって」
「お誕生日おめでとうございます!」
スタッフの明るい声が響く。
「えっ、これ、僕のなんですか」
驚きで声が出ない。
するとダイニングの天井スピーカーからは優しいピアノの旋律が流れ、スタッフたちがタイミングを合わせて軽やかにハッピーバースデーの歌を歌いだした。
その輪は自然に僕のテーブルを囲んでいく。
宗吾さんはニヤリと微笑み、芽生くんも満面の笑顔だ。
「おめでとう、お兄ちゃん!」
「瑞樹、誕生日おめでとう! せっかくだから旅先でホールケーキを食べようぜ」
「宗吾さんですか、仕掛けたのは」
「もちろん」
もう、参ったな。
宗吾さんは僕を喜ばせる天才だ。
胸の奥がじんわりと熱くなり、目に光が宿る。
「お兄ちゃん、ふぅして」
「うん!」
キャンドルの灯りを見つめ、ゆっくりと息を吹きかける。
火が消えると、何とも言えない幸福感が心に満ちた。
芽生くんがそっと包みを差し出す。
「これ、ボクからのプレゼントだよ」
慎重にリボンをほどくと、中から現れたのは一枚の紙いっぱいに描かれた絵だった。こには長崎の煌めく夜景を背景に、三人の家族が手をつないで並んでいる姿があった。空には明るい月、そして雲の上には僕の両親と弟の夏樹の姿が描かれていた。
絵は深い愛情に満ちていて、両親と弟が僕たち家族をずっと見守ってくれているようだった。
僕は絵をそっと胸に抱き、芽生くんの顔を見つめた。
「ありがとう、芽生くん。こんなに優しい絵を描いてくれて、本当に嬉しいよ」
芽生くんはきらきらと瞳を輝かせている。宗吾さんも朗らかに笑い、僕と芽生くんの後ろに立った。
「すいません。家族写真を撮ってもらえますか」
「かしこまりました」
ホールケーキを前に、僕たちは記念撮影をした。
32歳の僕が、笑顔で写っている写真だ。
今日という日、そしてこの朝の優しい光景は、僕の心に深く刻まれ、ずっと消えない温かな記憶として胸の中に息づいていくだろう。
お父さん、お母さん、夏樹、見ていますか。
僕は今日も幸せを更新中です。
朝食後、すぐに荷物をまとめて長崎空港へ向かった。チェックインを済ませて手荷物を整理しながら、窓の外で待機する飛行機をぼんやりと見つめていた。
「瑞樹、楽しい旅行だったな」
宗吾さんが優しく声をかけてくれた。
「はい、スペシャルでした」
「君の誕生日旅行だから、気合が入ったよ」
「ありがとうございます」
続いて芽生くんが笑顔で近づいてくる。
「お兄ちゃん、ボクも楽しかったよ」
「よかった」
「また来たいな」
「また来よう! 何度でもどこへでも」
離陸の合図が流れ、飛行機は滑走路をゆっくり走り出す。
そして、やがて大空へと舞い上がる。
眼下に広がる長崎の街並みはどんどん小さくなるが、その光景は心の中で輝きを失わない。
愛情で満たされた家族旅行。
僕もその一員なんだと、改めて幸せを噛みしめた。
長崎で得たものは、幸せへのステップ。
僕はもう大丈夫。
そう思える、確かな一歩だった。
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