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しあわせ図鑑 2
お兄ちゃんは優しいまなざしで、ボクたちの会話を聞いてくれていた。
「宗吾さんの言葉は、いつも深くて素敵ですね」
「瑞樹もそう言ってもらえて、ほっとするよ」
「うーん、でも、明日までの宿題なのに、ボクの夢、まだはっきり浮かんでこないよ」
お兄ちゃんがボクと目線をしっかり合わせてくれる。
「芽生くん、夢ってね、誰かの役に立ちたいって思う気持ちから始まることもあるんだよ」
あ、この声、大好き。
ボクが一番安心する声だよ。
おばあちゃんでもお母さんでもない、優しいお兄ちゃん。
ボクにとって、かけがえのないお兄ちゃん。
「お兄ちゃん、あのね……きいてくれる?」
「もちろんだよ。何かあったのかな?」
「今日の授業でね、将来の夢を書かないといけなくって……クラスのみんなはすらすら書いていたのに、でも、ボクだけ、書けなかったんだ。弁護士さんの夢がちゃんとあったのに……どうしちゃったんだろう?」
「迷うのは悪いことじゃないんだよ。実際に僕は芽生くんくらいの頃は、夢なんて分からなかったし」
「お兄ちゃんの話も、少し聞かせて欲しいな」
お兄ちゃんは困ったように、お父さんの顔を見た。
「……こんな話をしても?」
「瑞樹、大丈夫だ。今の芽生には話してやって欲しい」
「じゃあ少しだけ……芽生くん……実は僕は夢をどころか……大人になってからもしばらく、何のために生きてるのかわからなかったんだ」
ボクは少し驚いた。
お兄ちゃんがこんな話してくれるの初めてだ。
ボクに心をあずけて、話してくれているのかな。
ボクもお兄ちゃんの力に少しはなれる?
なりたいよ!
「ボクでよかったら話して」
お兄ちゃんはボクの目を見て、話を続けてくれた。
「うん……昔の僕は、なるべく余計な感情を使わないようにしていたんだ。これ以上大切な人を失うのが怖くて、誰かを頼るのも期待するのも苦手だったんだ」
あ……それって、きっとお父さんとお母さんと夏樹くんが事故でいなくなっちゃったからだ。
胸がすごく痛くなる。
「お兄ちゃん、すごく、さびしかったよね。でも今はちがうよね? だってお兄ちゃん、毎日笑ってくれるよ」
必死に訴えると、お兄ちゃんがボクの頭を優しくなでてくれた。
あ、これも好き。
すごく大切にされている感じがする。
「うん、その通りだよ。今は違うよ。今は芽生くんと宗吾さんがそばにいてくれるから寂しくないんだ」
「……」
ボクの胸が、今度はきゅーっと熱くなった。
なぜか涙がこぼれそうになって、あわてて、ぱちぱちとまばたきをした。
あ、今、ボクの夢がひとつ浮かんできたよ。
「よかった! よかったよ。あのね、お兄ちゃんが毎日笑ってくれるのが、ボクの夢なんだよ」
お父さんとお兄ちゃんが顔を見合わせて、ボクを抱き寄せてくれた。
「芽生、それ最高だな!」
「芽生くん、とっても素敵な夢だね、ありがとう」
翌日、将来の夢カードを、みんながどんどん提出していく中、ボクもペンを取った。
昨日、お父さんとお兄ちゃんと話して浮かんできたことを、正直に書いてみよう。
「ボクは、1/2成人式で弁護士さんになって困っている人を助けたいと書きました。その気持ちは今もあります。だけど、もっといろんな助け方を知りたいと思っています。だから今は、たくさんの仕事を見てみたいです」
その下に、小さく書き添えた。
「なので、まだはっきりとは決まっていません。でも、大切な人を笑顔にできる人になりたいです」
――これが今のボクの夢。
背伸びしない夢から、スタートしよう。
今のボクには、これだけはちゃんとあるって胸をはれるよ。
放課後、ランドセルを背負いながら思い出した。
お兄ちゃんの部屋の棚に飾ってある、白い封筒の旅行券。
春色フェスティバルの副賞としてもらった、大事な宝物。
夏休みには、家族みんなで、函館へ行くんだよ。
旅先で、いろんなお仕事やしあわせのカタチを見つけたいな。
それから憲吾おじさんの職場も見学したいし、月影寺でお坊さんの仕事にも触れてみたいな。
考え始めたら、今度は気持ちがどんどん膨らんでいくよ。
夢を見つけるためにしたいことなら、沢山ある。
いろんな人の働く姿を見てみたい。
どんな顔で、どんな想いで、どんなふうに人を笑顔にしているのか――
それを、ボクの目で確かめに行こう。
「これ、夏休みの自由研究にしたらいいかも。この夏は忙しくなりそうだよ!」
明るい笑顔がやっと戻ってきたよ。
ボクはボクらしくが、一番だ!
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