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しあわせ図鑑 3
芽生くんに、僕の過去を直接話した。
すると胸の奥に長いあいだ残っていた重たい石のようなものが、ふわりと軽くなった気がした。
あんな風に話せたのは、宗吾さんがそばにいてくれたからだ。
その夜、夕食の洗い物を済ませて、芽生くんがベッドに入った後、僕たちはリビングの灯りを少し落として、ハーブティーを飲むことにした。
ソファに腰を下ろすと、隣に座る宗吾さんが僕をそっと見つめる。
「瑞樹、さっきは、ちゃんと話せてえらかったな」
優しい声とともに、僕を静かに抱き寄せてくれた。
胸に顔を寄せると、あたたかくて安心する匂いがして、僕は思わず目を閉じる。大きな安心に包まれて、ほっと息が漏れた。
「……宗吾さんがいてくれたので、話せたんです」
「そうか」
「『話しても大丈夫だよ』って……あの一言がなかったら、きっと、まだ言えなかったと思います」
宗吾さんの手が、僕の背中をそっと撫でてくれる。
「一度に全部じゃなくていい。でも、心にしまいこんだままだと苦しくなるから、少しずつ、瑞樹の言葉で話していけるといい」
「……はい。嬉しかったです、芽生くんが、まっすぐに受け止めてくれて……」
「そうだな」
胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。
「僕の過去が、芽生くんの負担になったらどうしようって、不安だったんです。でも……芽生くんは、そんなふうに受け止める子じゃありませんでした」
「当たり前だ。あいつは、瑞樹が育てた子だ。優しくて強くて、まっすぐだ」
「……宗吾さん……」
「それに、俺の息子だぞ。どんと構えてる。だから大丈夫だ。瑞樹が思ってる以上に、芽生はしっかりしてるさ」
ふふっと、自然に笑みがこぼれた。
宗吾さんはやっぱりすごい。
いつだって、僕にちゃんと見える言葉をくれる。
「ありがとうございます。気持ちが軽くなりました」
「それなら、よかった」
宗吾さんは僕の手を包むように握ってくれた。
灯りを落とした部屋は、優しい静けさに包まれていた。
「……あの、宗吾さん」
「ん?」
「今日、僕は……昔の自分から、前に進めたような気がしました」
「その通りだ。また、一歩進めたな」
その言葉が、胸の奥まで静かに染みわたっていく。
安心したせいか、体がぽかぽかしてきて、眠気が押し寄せてきた。
「ふぅ……なんだか、急に眠くなってきました」
「もう寝る時間だ」
「宗吾さんの声って、なんだか子守唄みたいで……安心します」
「それは光栄だな」
僕はそっと目を閉じた。
「……芽生くん、なんだか急に大きくなりましたね」
「ああ、まっすぐ、素直に育っているよ」
「……僕は、ちゃんとできてるでしょうか」
「十分すぎるくらいだよ。ありがとう。俺は、瑞樹と一緒にいることが何よりも幸せだ」
「僕もです……ありがとうございます」
胸がきゅっとなった。
幸せで、あたたかくて……眠るのが惜しい夜。
けれど、宗吾さんの腕の中で、僕は静かにまぶたを閉じた。
「……おやすみなさい、宗吾さん」
「おやすみ、瑞樹。今日も、よく頑張ったな」
目を閉じると可愛い芽生くんの顔が浮かんできた。
――寂しかった?
そう芽生くんに聞かれた時、僕の中にあったあの頃の寂しさは、とっくに過去のものになっていたことに気づいた。
芽生くんがいる。
宗吾さんがいる。
この家族の一員になれたことを、感謝したい。
だから毎晩、祈りたい。
――ずっと傍にいてください。
僕の傍から、離れないで――
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