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しあわせ図鑑 4

 終業式の日の教室には、どこか浮き足立った空気が漂っていた。 「さぁ、一学期は今日で終わりですよ。明日から長い夏休みに入ります」  先生の言葉に、教室中から「わーい!」「やったー!」と、明るい声があがる。  窓の外には、真夏の太陽。  校庭の木陰では、蝉たちがミーンミーンと賑やかに合唱を始めていた。  ――あ、今年、はじめて聞いたかも。  いよいよ、明日から夏休みが始まるんだ。  そう思うと、ボクの心は、空に湧く入道雲みたいに、期待でふくらんでいった。 「じゃあ、宿題一式を配りますね」  先生が手渡してくれたのは、一行日記、感想文の手引き、夏休みワーク、自由研究のしおり。  大きな封筒に、ぎっしりと詰め込まれている。 「皆さん、一緒に中身を確認してください。それから、宿題の内容について説明します」  今年の自由研究は、少しレベルアップするらしい。  夏休みワークが薄くなった代わりに、「自分で考える」課題が増えたという。 「え~、難しいよ」 「やだなぁ、塾の宿題と別でやらなきゃ……」 「自由研究なんてやる時間ないよー。夏期講習で休みないもん」  みんなが口々にぼやく中、ボクは胸の奥で、そっと思った。  ――ボクが考えたことや、思ったこと。  それを外に出せばいいんだ。  少し前から、気づきはじめていたことがある。  ボクがしっかりしていれば、大好きなお兄ちゃんが、ボクを頼ってくれる。  お兄ちゃんにたくさん甘えて育ててもらったから、今度はボクにできることを、探したくなったんだ。  それにしても、相変わらずクラスの話題は中学受験や塾のことばかり。  5年生になって、本当に増えたなと思う。  この前、お父さんが言ってくれた。  「芽生も中学受験したかったら、してもいいぞ」って。  でも今のボクには、勉強よりももっとやりたいことがあるんだ。  自分の目で世界を見て、考えて、書くこと。  誰かのためじゃなく、自分の気持ちを大切にすること。  それが、今の「ボクの道」。  人と違う道を行くのは、ちょっと勇気がいるよ。でも、ボクにはお父さんとお兄ちゃんがくれた、たくさんの勇気があるから。――大丈夫。 ****  僕は、ホテルオーヤマのサマーブライダルフェアに向けて、式場の装花を担当することになった。  ブライダルの現場は、久しぶりだ。  あわただしくて華やかで、ほんの少し特別な空気が流れる時間。  そういえば、宗吾さんと出会った頃――  ブライダル装花とブーケの打ち合わせに行ったら、ホテルのスタッフに新郎と間違えられて、慌てたことがあった。  しかもその後、なぜか新婦の横に座って打ち合わせすることになって、本気で困ったっけ。  あれは、さすがに恥ずかしかったな。  そんなことを思い出して、ひとり苦笑していると、不意に声をかけられた。 「あの、よろしいですか」  振り返ると、そこに立っていたのは式場のスタッフではなく、編集者を名乗る若い女性だった。 「すみません、就職向けの雑誌で『花業界で働く人に注目』という特集を組むことになって、フラワーデザイナーのお仕事、よかったら取材させてもらえませんか?」  僕は驚いて、問い返す。 「あの……なぜ僕に?」 「それは、お花を持った姿が、モデルさんみたいに綺麗だったからです」  その言葉に、胸の奥がすっと冷える。 「……それだけですか?」  もしその理由だけなら、申し訳ないけれど、お断りしたいと思った。  目立つことはもともと得意じゃないし、過去には、外見だけを見て僕の気持ちを踏みにじっていった人たちがいたから。  けれど彼女は、すぐに首を振った。 「いいえ、そうじゃないんです。綺麗な外見も素敵ですが、私が心惹かれたのは、あなたの仕事ぶりでした。生き生きと楽しそうに花と向き合っていて、指先まで丁寧で、可憐なのに凛としていて。誰かの大切な一日を彩る人として、そこにしっかり立っていらっしゃる姿が、とても印象的だったんです」  ――今の僕は、そんなふうに見えているのだろうか。  ちょっと信じられないが、ほんの少し誇らしくも思った。 「未来の後輩のために、ぜひご協力をお願いします」  その言葉に、ふっと心がほどけていく。 「……僕でよければ」  未来の誰かの役に立てるのなら。  僕は少し頬を染めながら、そっと頷いた。

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