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しあわせ図鑑 6

「お兄ちゃん、おやすみなさい」 「芽生くんは、明日から夏休みだね」 「うん! でもいつも通り学校に行くよ。自由研究のことをちょっと考えてくる」 「そうなの? 今年は何をするのかな?」 「まだ内緒だよ」  芽生くんが、ワクワクした顔をしている。  それだけで、僕も嬉しくなる。   「わかった。じゃあいつもと同じ時間に起こすね」 「うん! おやすみなさい」 「おやすみ」  子供部屋からリビングに戻ると、宗吾さんはいつものようにソファに座って新聞を読んでいた。芽生くんが寝た後、コーヒーを飲みながら静かにふたりで過ごす時間が、僕はとても好きだ。 「宗吾さん、少し、お話してもいいですか」  声をかけると、宗吾さんは新聞をテーブルに置いて視線を向けてくれた。 「ん? どうした」 「実は、今度、雑誌の取材を受けることにしました」  宗吾さんの表情がわずかに動き、真剣な顔つきになった。 「どんな雑誌だ?」 「エメラルド社の就職雑誌だそうです」 「え、それってもしかして『娘と息子を入れたい企業』っていう雑誌か」 「はい。今日ブライダルフェアの生け込みをしている時に、エメラルド社の方から声をかけていただいて……花業界の特集だそうです」  僕はソファの端にそっと腰を下ろした。すると宗吾さんがそっと手をつないでくれた。 「すごいな。だが全国誌だぞ、大丈夫か?」 「最初は……正直、迷いました。でも、リーダーがちゃんと聞いてくださって、会社としても許可が出ました」 「……そうか」  宗吾さんの声には、優しさが滲んでいた。  ちゃんと受け止めてくれている。  僕の気持ちを尊重してくれている。  それがしっかりと伝わってくる。 「よく決めたな。怖くはないか」  宗吾さんを前にすると、僕はつい弱音を吐いてしまう。  それだけ頼れる人だから。 「それは……少し怖い気持ちはあります。過去のことが、また何かを呼び起こしてしまうかもしれないかと……」  言いながら手をきつく握りしめていた。  あの日の嫌な記憶は、いつだって僕の中で息づいている。 「でも思い出したんです。ゴールデンウィークに、憲吾さんと芽生くんが野球に行って、テレビに映りましたよね」 「……ああ、兄さんの真顔がドアップで映って、その後芽生がめちゃくちゃ笑ってたな」 「ふふ、僕もあの瞬間、心が解けるように嬉しくなりました。なんでしょう……大切な人が笑っている姿って、それだけで幸せなものですね」  宗吾さんが、小さく頷いた。 「同感だ」 「それで思ったんです。僕が全国誌に載ったら、誰かが偶然見てくれるかもしれない。大沼の両親も、軽井沢の潤も、函館の広樹兄さんも、僕がちゃんと前を向いて生きているって、知ってもらえたらいいなって……」  言葉にすると、不思議と胸が少し軽くなった。 「瑞樹は、強くなったな」  その低くあたたかな声に、僕は静かに首を振る。 「僕が強くなれたのは、いつも宗吾さんが傍にいてくれるからです。今の僕には守ってくれる人がいて、守りたい人もいる。そのことが、こんなにも心強いなんて……リーダーと話していて改めて実感しました」  宗吾さんが僕をぎゅっと抱きしめてくれる。  彼の胸にぽすっと顔を埋めると、優しくて暖かい鼓動が聞こえてきた。 「よく決めたな。俺は、すごく嬉しいよ」 「ありがとうございます」  僕は体の力を抜いて宗吾さんに委ねた。  あぁ、安心という名の温もりが、身体の奥まで染みていく。  ここが好きだ。  宗吾さんの腕の中は気持ちいい。  落ち着く……  すると僕の額に、そっと彼の唇が触れた。 「えっ」 「今のは『雑誌の取材が上手くいくおまじない』って言いたい所だが」 「……はい?」  僕が顔を上げると、宗吾さんは明るい笑顔を見せてくれた。  いたずらっ子のような、笑みだ。 「本当は『俺のもんだ』っていう印だ」  ぶわっと顔が熱くなる。 「……宗吾さんは、ずるいです」 「うん、ずっとずるいよ。お前にだけな」  以前は、ひとりで前へ進むのが怖かった。  だが、今は違う。  振り向けば宗吾さんがいてくれる。  芽生くんもいてくれる。  みんながいてくれる。  だから僕は前へ進める。 「なぁ、君にもっと触れていいか」 「……はい」    甘い、甘い夜がやってくる。  僕にとって1日のご褒美のような時間が。

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