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しあわせ図鑑 15

少し早起きした僕は、そっとリビングからベランダに出てみた。  まだ気温が上がる前の爽やかな夏風が、爽やかに通り抜けていく。  北国育ちの僕にとって都心の蒸し暑さは苦手だが、朝の光と空気はどこまでも澄んでいて、心地よい。    目を細めて、青い空の向こうを見つめた。 「お父さん、お母さん、夏樹、おはようございます。爽やかな朝を届けてくれて、ありがとう」  僕は以前は朝が苦手だった。     お父さんとお母さんと夏樹がいない朝が怖くて寂しかった。  でも宗吾さんと芽生くんと暮らすようになって好きになった。  また愛しい人たちに会えるスタートだから。  さぁ、今日はいよいよ雑誌の取材日だ。  午前中にお台場のホテルロビーの、大きな生け込みを任されていて、その作業の様子をカメラマンに撮影されることになっている。  考えるだけで緊張で手が震え、落ち着かない。  顔を洗って鏡を見ると、髪の毛があちこち跳ねていた。 「わっ、ひどいな」  急いで直そうとしたが、うまく髪がまとまらない。    どんどん焦ってくる。    その時、背後からやわらかな気配が近づいてきた。  宗吾さんだ。  彼は僕の緊張を見透かしたように黙ってブラシを手に取って、僕の髪を梳きはじめた。 「瑞樹、ちょっと深呼吸してみろ」 「あ……はい」  ゆっくりと優しくブラッシングされる度に肩の力が少しずつ抜けていく。  髪を撫でられる感触は子どもに戻ったようで、くすぐったくも、ほっとする。 「大丈夫だ。いつもの瑞樹でいればいい」  背後から落ち着いた声が届くと、さっきからドクドクとうるさかった鼓動がすっと静まった。  僕は一人じゃない。  こうやって背中を押してくれる人がいる。  その事実が、こんなにも心強い。 「よし、ばっちりだ。王子様みたいにかっこいいぞ」 「ありがとうございます」  鏡の中の宗吾さんと目が合い、自然と笑みがこぼれた。  緊張は解け、甘い気持ちがこみあげてくる。  それも見透かされたようで、チュッとキスをされた。 「うまくいくおまじないだ」  今度は、パタパタと軽い足音が廊下から近づいてきた。  振り返ると、パジャマ姿の芽生くんが手に小さなものを握りしめていた。 「お兄ちゃん、これ! おまじないだよ」  差し出されたカードには、子どもらしいあどけない字で『おにいちゃんのおしごと、うまくいきますように』と書いてある。 「これも持って行ってね」  添えられたタオルハンカチには、四つ葉のクローバーの刺繍。  芽生くんが先日、僕のために選んでくれたものだ。  これは世界でひとつだけのお守りだ。 「ありがとう……すごくうれしいよ」  思わず芽生くんを抱きしめると、少し照れたように笑ってくれた。  その笑顔は、朝の光よりもまぶしかった。 「芽生くん、寝ぐせを直してあげよう」 「うん!」  宗吾さんから注いでもらった愛情は、こうしてまた次へと伝わっていく。  宗吾さんは平日で仕事があるから、会場には来られない。  そのことを残念そうにしながらも、全力で僕を励ましてくれる。    そんな宗吾さんが大好きです。 「いいか、取材中もし焦ったら、深呼吸して……ここを思い出せ。俺たちの家を」  彼の声は僕の中にまっすぐ届いて、胸の奥の不安を溶かしていく。  視線を巡らせれば、朝の光に満ちたリビングが目に入った。  食卓のテーブルの上には、芽生くんが昨夜描いていた朝顔の絵が、そのまま残っている。  窓辺には僕がいけた向日葵の花が夏の光を浴びて、元気よく咲いている。  宗吾さんが最後に飲んだ、水のグラスもテーブルの上で煌めいて……  日々の暮らしの断片が、こんなにも温かく、僕を支えてくれるものだと改めて思う。 「お兄ちゃん、あとでおばあちゃんたちと見に行くからね。だから安心して!」  芽生くんも元気いっぱいに笑って、僕を励ましてくれる。  その明るさに背中を押されるように、僕の胸の中にも勇気が広がっていく。 「ありがとう。頑張ってくるよ」  僕は二人に微笑みかけて、玄関に向かった。  今日は準備があるので一足先に出ないといけない。  でも寂しくない。  二人の深い愛に包まれているから。  扉を開けると、真夏の青空が眩しかった。  胸の奥には、大切な人たちがくれた想いとぬくもり。  それをぎゅっと抱きしめながら、新しい一日の第一歩を踏み出した。

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