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しあわせ図鑑 23

 お台場のホテルからゆりかもめに乗ると、夏らしい青空に白い雲がぽっかり浮かんでいた。  世間は夏休みなんだな、と自然に実感する。  今日の僕の姿、芽生くんの『しあわせ図鑑』に収録してもらえるだろうか。  ベストは尽くした。できることはすべてやった。  言いたいことも、思ったことも、遠慮せずに、僕らしさを貫けたと思う。  本社に戻ると、午後の仕事はデパートのサマーイベント用のプチアレンジバスケット作りだった。  午前中、ひとりでブライダルフラワーを仕上げたせいか、腕が怠い。  腕の怠さが、あの事件で痛めた指先に直結しているようで、思わず眉をしかめてしまった。  そこへ、菅野がにこりと笑いながら近づいてきた。 「瑞樹ちゃん、大丈夫か、サポーター使えば?」 「そうだね」  手を止め、カバンを覗き込む。……あ、そうだ、涼くんに貸したままだった。 「あ、ないのか。じゃあ、俺が瑞樹ちゃんに貸すよ」  こういう迷いのない優しさ、僕も見習いたいな、と胸の奥で思う。 「ありがとう……菅野」 「困っている人に迷わず貸したんだろ?」 「えっ、どうしてわかるの?」 「そりゃ、いつも瑞樹ちゃんのこと見てるからさ」 「流石菅野だね。菅野はきっといつか、部をまとめるリーダーになるよ」  本心から褒めると、菅野は顔を赤くして、ちょっと照れたように笑った。 「よせやい、照れるぜ」 「ふふ、かわいいね」 「瑞樹ちゃんから可愛いだなんて、天と地がひっくり返るぞ」  菅野から借りたサポーターを巻き直し、花材に集中して手を動かす。  花の香りと彩りに包まれ、ひとつひとつ丁寧にバスケットを仕上げていく。 「瑞樹ちゃんの手にかかると、花が喜んでいるみたいだ」 「……そうかな? ただ……花を自然の姿に戻してあげたくて」 「わかるよ、それが瑞樹ちゃんらしさだ」  完成したバスケットをじっと見つめる僕の胸も、ふんわりあたたかくなる。 ****  夜、ラベンダー色のリネンパジャマに身を包み、ベッドに仰向けになった瑞樹をそっと覗き込む。  今日、何かあったのでは?  俺は、瑞樹のほんの少しの仕草や呼吸の乱れを見逃さない。 「どうした? 今日の撮影で何かあったんだろう?」  瑞樹は小さく目を見開く。 「えっ、どうしてわかるんですか……」 「夕食の時、取材の話の最中に少し言葉を詰まらせただろう。芽生の前では話せないことも、俺には話してくれ」  瑞樹は小さく息をつき、ぽつりと告白する。 「実は……今日の取材カメラマンが……ストーカー事件に巻き込まれた時の報道カメラマンだったそうで、その人が僕の顔を見たことがあると……」 「なんだって!」  眉をひそめる俺に、小さく目を伏せて続ける。 「でも、途中で林さんが来てくれて、しっかり注意してくれましたし、そこからはちゃんとできました。僕らしさを出せました。芽生くんの応援もあったし……」 (くそっ、やっぱり傍にいたかった……でも、君はちゃんと乗り越えたんだな)  手をそっと握ると、瑞樹はほんのり顔を赤らめた。 「宗吾さん、大丈夫ですよ。心配しないでください」  透明感のある笑顔、優しさをふりまく瑞樹に、胸がぎゅっと締め付けられる。 「瑞樹……君の優しさは強い。だから、君の行いの善さは巡り巡って君を助けるはずだ」  瑞樹のやわらかな微笑みが、今日の疲れをすべて癒してくれる。  細身の体を抱き寄せると、花の香りと優しい温もりが、身体にじんわり広がる。  そっと頭を撫でてやると、瑞樹は小さく「……はい」と答え、安心したように抱きついてくれた。  俺も腰に手をまわしてぐっと引き寄せる。  心地よい密着に酔いしれながら、胸の奥で誓う。 (この人を、ずっと守りたい……)  今日一日の出来事が胸の奥で瞬いている。  瑞樹の可愛さと尊さに、心がしっかりと満たされる夜だった。

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