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しあわせ図鑑 34

 夏の大沼は、よく晴れている。  空は抜けるような青で、木々の影には心地よい涼しさがあり、遠くの湖面には真夏の太陽がきらきらと反射している。  風が吹くと、ひんやりとした水の香りが漂ってくる。 「今日も爽やかな天気だなぁ」  ログハウスの前で、空に向かって手を伸ばしていると、エプロン姿のさっちゃんがやってきた。 「勇大さん、ドーナッツのバリエーションはこんな感じでいいかしら?」  メモ書きには…  森のくまさんのハチミツレモンコーティング  春摘み苺とホワイトチョコ  くまさんスペシャル ダークチョコ  甘いミルクチョコ 「どれも美味しそうだよ」 「ありがとう。夏だけの『森のくまさんカフェ』楽しみね」 「あぁ、さっちゃんと力を合わせて出来るのが嬉しいよ」 「私も……こういうわくわく感、久しぶりだわ」 「ありがとう」 「え?」 「俺と過ごしてくれて」 「あ……こちらこそ」  俺とさっちゃんはまだまだ新婚だ。  年齢なんて関係ないのさ。  心がフレッシュならいつでも、いつまでも!  この夏、ずっと夢だった、さっちゃんのドーナッツを並べたカフェをオープンすることになった。さっちゃんが作るドーナッツには愛情がいっぱいこもっていて美味しいから、観光客や地元の人にも振舞いたい。  今年はお試しで、まずはお盆休みの1週間、キッチンカーで営業してみる。  炎天下の中でホイップやチョコをコーティングする作業は大変だが、香ばしい匂いと甘い香りに包まれる時間は、魔法みたいに楽しいのさ!        キッチンカーを借り、食品衛生責任者の資格を取り、保健所の「移動販売車営業許可」を取ってと準備に忙しかったが、とても充実していた。  何かを始めるっていいもんだな。  人はいくつになっても、スタートできるんだ。  それを実感するよ!  年齢と共に出来ることは限られるかもしれないが、絶対何かある!   「勇大さん、早速ドーナッツのコーティングをしてみるから、味見してくれる?」 「もちろん、俺はさっちゃんスペシャルのコーヒーを入れるよ」  長い間、引き籠っていたのが嘘みたいに、今は体が軽い。フットワークが軽くなると、それだけ毎日の生活に小さな幸せを見つけられる。  大好きな人がいてくれるだけで幸せだ。  その人と当たり前の日常を過ごせるのが、どんなに尊いことか俺は知っている。 「そうだわ、午後は、お墓の掃除に行きましょう」 「そうだな、もうすぐみーくんたちが帰省するしな」 「えぇ」  お盆休みに、みーくんが家族をつれて帰省してくれる。  そのことが、俺達夫婦にとって、楽しみだ。 ****  春休みに長崎のコンテストでもらった航空券。  これは、僕が自分の力で手に入れたものだ。  手元の航空券を見ていると、ふと昔のことを思い出した。  高校の時は、全く逆の感情で航空券を見つめていた。  これ以上ここに厄介になってはダメだ。僕がいなかったら、お母さんも宏樹兄さんも潤ももっと余裕のある生活ができたはず。  だから、家を出よう。  とにかく函館から離れようと、必死に手に入れた航空券を思い出した。  あれは自由への切符ではなく、別れの切符だった。  あの頃、あんな風に狭い視野でしか考えられなかった僕は、子供だった。  みんなに大切に愛されていたのに、いつも後ずさりしてばかりで……逃げるように東京にやってきたのを後悔している。  いや、もう過去のことを後悔するのはいい加減にやめよう。  今できることがあるなら、今したいんだ。 「宗吾さん、芽生くん、行きましょう」 「おぅ、出発だ」 「えいえい、おー!」 「ははっ、芽生、どこへ行くんだ? まるで鬼合戦みたいだな」 「えへへ。気合いれたんだよー! いっぱい楽しむぞーってね」 「くすっ、うん、沢山楽しんで欲しいな。僕の故郷で」  さぁ、出発しよう!  函館、大沼へ。  大好きなお父さんとお母さん、お兄ちゃんたちのいる、僕のふるさとへ。

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