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しあわせ図鑑 35
函館空港から、バスで函館市内へ向かった。
駅前で降りると、懐かしい潮の香りと夏の風が迎えてくれた。
ほっとするのは、ここが僕のふるさとだから。
どんなに離れていても、北の大地のことを忘れたことはない。
「なんか空いているね」
「いつもこんな感じなんだよ」
「そっか、広々していいね」
芽生くんの言う通り、夏休みの土曜日でも、人はまばらだ。
東京の喧騒とは違う、ゆったりとした空気が体を包む。
「空いているっていいな」
「はい、落ち着きますね」
「瑞樹、宿泊するホテルって、あそこか」
「あ、はい、そうです」
今回の函館旅行では、宿泊代もついていたので、最近できたばかりのシティホテルに泊まることにした。
函館は生活していた時にはその良さに気づかなかったが、日本屈指の夜景が見られるし、海鮮も美味しい。朝市も異国情緒漂う町並みも、いろんな魅力が揃っている。だから今回の旅では、宗吾さんと芽生くんに函館観光を楽しんで欲しい。
スタイリッシュで広々としたロビーは清潔で、チェックインもスムーズだった。そして予約したファミリールームには、仲良くベッドが三台並んでいた。
「わぁ、ボクのベッドもあるよ」
芽生くんは大喜び。
「もう芽生もだいぶ大きくなってきたからな」
「ボク、真ん中がいい」
ベッドボードには函館山の夜景をイメージしたデザインが施されていた。
満天の空か、いいね。
お父さんとお母さん、夏樹の星もきっとある。
部屋に荷物を置き、早速、観光に出かけることにした。
「どこに行きたいですか」
宗吾さんに問うと、即答だった。
「俺たちの思い出の五稜郭に行こうぜ」
「ボク、そこ知ってるよ。タワーに上りたい!」
市電を使って五稜郭公園に着くと、青々とした芝生と白い花が夏の日差しに輝いていた。木陰に入ると風が通り抜け、湿度を感じさせない爽やかな涼しさが心地よかった。
タワーの展望台に上ると、函館の街並みと港が一望できる。
「わぁ、すごーい! 星の道になってる」
芽生くんは身を乗り出し、ガラス越しに下界を指さす。
青々とした夏景色だが、僕の目にはあの日の雪景色が浮かんでくる。
惨い事件に巻き込まれ負傷した僕が療養している最中、宗吾さんが来てくれた。
あの日、あの時、宗吾さんと歩いた道だ。
雪景色の中で、僕たちはしっかり手をつないだ。
もう離れない、離さないと祈りにも似た誓いを立てて。
宗吾さんの体温に癒されながら歩いた記憶が、夏の青空に重なる。
「瑞樹、あの日のことを思い出しているのか」
「あ、はい……」
「あの日、二人で進んだ道は、ここだったんだな」
そっと肩を組まれる。
込み上げてくるものがある。
ここにたどり着けてよかった。
宗吾さんと芽生くんのもとにいられて、よかった。
少ししんみりしていると、芽生くんのお腹が盛大に鳴った。
ぐるぐるぐる―
「ははっ、芽生の腹時計が鳴っているぞ」
「芽生くん、ごめんごめん。お昼にしよう」
「うん、お腹ぺこぺこ、いっぱい食べたいよ」
「了解! いいお店があるんだ」
以前も行ったことがある、『ハッピーピエロ』という洋食屋。
「何を食べたい?」
「カレー!」
「カレーか、いいな。俺もカレーがいい」
「じゃあ、僕も」
「芽生が腹ペコだから、3つ頼もうぜ」
「いいですね」
僕はいつもハンバーガーにしてしまうので、思い切って今日はカレーにしてみよう。ところがカレーを頼むと、予想をはるかに超えた大盛りで、皿からルーが溢れそうだった。
「……これ、食べきれるか?」
宗吾さんも流石に苦笑い。
「でも、見た目以上にスパイシーで美味しいですよ」
僕がフォローする中、芽生くんは「いただきまーす!」と大口を開けてパクパク食べ出した。
「おお、いい食いっぷりだな。俺も負けてられないな。ほら、瑞樹も食うぞ」
「あ、はい 頑張ります」
少しピリ辛で、でもとっても美味しいカレーだ。
僕たちは汗をふきながら、必死に食べた。
「俺たち必死すぎないか」
「これは必死になりますよ」
「ボク、全部たべる!」
三人で顔を見合わせるだけで、自然に笑みがこぼれる。
あ……なんだろう。
なんでもないこんな普通のシーンに涙が出そうだ。
その後は赤レンガに向かった。ちょうど港に豪華客船が寄港したらしく、観光客で賑わっていた。
僕たちも、その中に自然と溶け込んでいく。
こんな風に観光するのは、函館に住んでいても新鮮で、まるで小旅行のような気分だ。
とても、とても幸せな家族旅行を、今、僕はしている。
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