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しあわせ図鑑 37

 僕たちは笑いあいながら、赤レンガ倉庫を軽快な足取りで歩いた。  港から吹く風に、ほのかな海の香りが混さっている。  僕たちに降り注ぐ午後の太陽は柔らかく、赤レンガの壁を優しく照らしている。  歴史を感じさせる空間は、とても落ち着く。  以前来た時は、どこか居場所のない気がしたけれど、今は違う。  僕はこの場所を心から楽しんでいる。 「あ、あそこ『オルゴール館』だって。入ってみたいな」 「いいね」  芽生くんの声に誘われ、僕たちは店内へ。  包み込むような優しいオルゴールの音色が、心をふわりと解いてくれる。 「落ち着くな~」 「ちょっと見てみてもいいですか」 「もちろん!」  僕はオルゴールの音色が好きだ。  幼い頃、母の鏡台に置かれた小さな木箱のねじを回して、音楽が流れるのを夢中で聞いていた。  オルゴールは、中も外も、まるで野原のような若草色だった。  あの小さな舞台は、子供心をくすぐる魔法のようだった。  母が「子供の頃、おばあちゃんからもらったのよ」と言っていたオルゴールは今、どこにあるのだろう?  生家は既にペンションにリフォームされ、僕と夏樹の子供部屋以外は変わってしまったけれど、あのオルゴールのメロディは今も覚えている。  あの曲の名は……何だったかな? 「芽生くん、何か一つ記念に買ってあげるよ」 「え? お兄ちゃん、ほんと? いいの?」 「うん、旅の思い出にしよう」 「わぁ、うれしいよ」  芽生くんは目を輝かせ、オルゴール売り場を行ったり来たり。 「うーん、どれがいいかな。そうだ! お兄ちゃんも一緒に選んで」 「うん」  ガラス棚の一番上にも、小さな木製のオルゴールがずらり。  その中のひとつの色に、僕の目は釘付けになった。 「あれ……」 「ん? これか」  宗吾さんがひょいと取り上げた木箱は、母のオルゴールのように若草色だった。 「タイトルがついているぞ」 「なんと?」 「へぇ『日向ぼっこ』だってさ」 「わぁ、すごい!」 「なにが?」 「中、開けたらびっくりだよ」 「え?」  芽生くんが持っているオルゴールを覗き込むと、しろつめ草の絨毯の上に、くまと、うさぎと、ひつじが寄り添って眠っている。その小さな動物の姿は愛おしく、見ているだけで胸の奥がじんわりと温まった。 「なんだか、俺たちみたいだな」 「本当に……」 「お兄ちゃん、音も聴きたい」 「ちょっと試してみよう」  ハンドルを回すと、やさしい旋律が流れ出す。    あ……これは……母のオルゴールと同じメロディだ。 「宗吾さん、この曲名は?」 「『カントリーロード』だ」 「カントリーロード……」  母のオルゴールはもうないかもしれないが、音色は僕の心にちゃんと残っている。  思い出が、新しい思い出とつながっていく。  この音色は、宗吾さんと芽生くんと過ごす毎日のようで、和やかで穏やかで、守りたくなる優しい時間が積み重なっていくようだ。 「かわいいね」  芽生くんが手を伸ばす。 「みんなでお昼寝してるみたいで、すっごく、いいね」 「それにしても、くまとうさぎと羊だなんて、まさに俺たちのために作られたようだな」  宗吾さんがニカッと明るく笑う。  僕もコクンと頷く。 「僕は……この音色が、とても好きなんです」 「ボクもすき」 「俺も好きだ」  三人の意見が一致し、レジに向かう。  芽生くんがオルゴールを大切に抱えて外に出ると、潮風が優しく頬を撫でた。  さっきの優しい旋律がまだ耳の奥に残っている。  幸せな時間、幸せな場所、そして幸せな存在――。  まさに日向ぼっこのような、穏やかであたたかい毎日を僕は過ごしている。

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