1847 / 1863
しあわせ図鑑 37
僕たちは笑いあいながら、赤レンガ倉庫を軽快な足取りで歩いた。
港から吹く風に、ほのかな海の香りが混さっている。
僕たちに降り注ぐ午後の太陽は柔らかく、赤レンガの壁を優しく照らしている。
歴史を感じさせる空間は、とても落ち着く。
以前来た時は、どこか居場所のない気がしたけれど、今は違う。
僕はこの場所を心から楽しんでいる。
「あ、あそこ『オルゴール館』だって。入ってみたいな」
「いいね」
芽生くんの声に誘われ、僕たちは店内へ。
包み込むような優しいオルゴールの音色が、心をふわりと解いてくれる。
「落ち着くな~」
「ちょっと見てみてもいいですか」
「もちろん!」
僕はオルゴールの音色が好きだ。
幼い頃、母の鏡台に置かれた小さな木箱のねじを回して、音楽が流れるのを夢中で聞いていた。
オルゴールは、中も外も、まるで野原のような若草色だった。
あの小さな舞台は、子供心をくすぐる魔法のようだった。
母が「子供の頃、おばあちゃんからもらったのよ」と言っていたオルゴールは今、どこにあるのだろう?
生家は既にペンションにリフォームされ、僕と夏樹の子供部屋以外は変わってしまったけれど、あのオルゴールのメロディは今も覚えている。
あの曲の名は……何だったかな?
「芽生くん、何か一つ記念に買ってあげるよ」
「え? お兄ちゃん、ほんと? いいの?」
「うん、旅の思い出にしよう」
「わぁ、うれしいよ」
芽生くんは目を輝かせ、オルゴール売り場を行ったり来たり。
「うーん、どれがいいかな。そうだ! お兄ちゃんも一緒に選んで」
「うん」
ガラス棚の一番上にも、小さな木製のオルゴールがずらり。
その中のひとつの色に、僕の目は釘付けになった。
「あれ……」
「ん? これか」
宗吾さんがひょいと取り上げた木箱は、母のオルゴールのように若草色だった。
「タイトルがついているぞ」
「なんと?」
「へぇ『日向ぼっこ』だってさ」
「わぁ、すごい!」
「なにが?」
「中、開けたらびっくりだよ」
「え?」
芽生くんが持っているオルゴールを覗き込むと、しろつめ草の絨毯の上に、くまと、うさぎと、ひつじが寄り添って眠っている。その小さな動物の姿は愛おしく、見ているだけで胸の奥がじんわりと温まった。
「なんだか、俺たちみたいだな」
「本当に……」
「お兄ちゃん、音も聴きたい」
「ちょっと試してみよう」
ハンドルを回すと、やさしい旋律が流れ出す。
あ……これは……母のオルゴールと同じメロディだ。
「宗吾さん、この曲名は?」
「『カントリーロード』だ」
「カントリーロード……」
母のオルゴールはもうないかもしれないが、音色は僕の心にちゃんと残っている。
思い出が、新しい思い出とつながっていく。
この音色は、宗吾さんと芽生くんと過ごす毎日のようで、和やかで穏やかで、守りたくなる優しい時間が積み重なっていくようだ。
「かわいいね」
芽生くんが手を伸ばす。
「みんなでお昼寝してるみたいで、すっごく、いいね」
「それにしても、くまとうさぎと羊だなんて、まさに俺たちのために作られたようだな」
宗吾さんがニカッと明るく笑う。
僕もコクンと頷く。
「僕は……この音色が、とても好きなんです」
「ボクもすき」
「俺も好きだ」
三人の意見が一致し、レジに向かう。
芽生くんがオルゴールを大切に抱えて外に出ると、潮風が優しく頬を撫でた。
さっきの優しい旋律がまだ耳の奥に残っている。
幸せな時間、幸せな場所、そして幸せな存在――。
まさに日向ぼっこのような、穏やかであたたかい毎日を僕は過ごしている。
ともだちにシェアしよう!

