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2025ハロウィン特別番外編『くろねこのしっぽ』
街は夕暮れとともにカボチャ色に染まっていた。
今日は10月31日、HALLOWEEN当日だ。
軽井沢駅から続く商店街のイベント『ハロウィンパレード』の日だ。
先日、商店街の1本裏に引っ越してきたオレたちにも声がかかり、いっくんが参加させてもらえることになった。
「はろうぃんぱれーど、やってみる!」
「じゃあ仮装しないとね。いっくんは何になりたい?」
「えっとね、えっと……そうだ、つきかげでらのすいしゃんちにいた、くろねこさんになりたいな。でもほんとうに、なれるかな?」
「よーし、とびっきり可愛い黒猫さんになれるように、ママが衣装を作ってあげる!」
「わぁい!」
早速、裁縫が得意なすみれは黒い起毛した布で耳としっぽを作り出した。
今は仕事を休んでいるので、いっくんのために使える時間があるのが嬉しいと上機嫌で、勢いで何本もしっぽを作ってしまったのには苦笑した。
「しっぽ作りにはまちゃった」
「これはもらっておくよ」
せっかくだから兄さんたちにも送ってやろう。
「ほら、いっくん。ママからのプレゼントよ」
耳としっぽを手渡された瞬間、いっくんの目がきらきら輝いた。
「ぼく、くろねこになれる! ママ、ありがとう、ママ、だーいすき!」
オレはその笑顔を見て、胸がいっぱいになった。
だが、当日、衣装を身につけて出掛けようとしたら、玄関の前でいっくんが固まってしまった。
黒猫の耳のカチューシャと可愛いしっぽをつけて、完璧なのに、どうしたんだ?
鏡の前に立ったまま、手に持ったカボチャ型のバスケットを小さな手でぎゅっと握りしめている。
そして小さな心細い声で……
「……やっぱり、いかない」
「えっ、ママがせっかく衣装をつくってくれたのに、どうしてだ?」
しまった!
つい、いっくんをせめてしまった。
オレだったら先陣を切ってパレードに参加するのにという考えは、封印しないといけない。
いっくんはオレじゃないんだ。
いっくんの気持ちに歩み寄ってやりたい。
そうだ……そういえば、瑞樹兄さんも知らない人の中に入るのが苦手だったな。
今考えると、怖かったのかもしれない。
いつも広樹兄さんの後ろに隠れるように立っていたのを思い出した。
心をやわらかくすれば、見えてくる景色も変化する。
オレはしゃがんで、いっくんと目線を合わせた。
「いっくん、大丈夫だよ。パパとママもそばにいるから、怖くなったら、パパと手を繋ごう!」
すみれがカボチャのバスケットをもう一度持たせる。
「このかごいっぱいのお菓子がもらえるんだって。ママにもわけてくれる?」
「……ほんとう?」
「あぁ、パパにもお裾分けしてくれ」
それでもまだ靴を履けないいっくんに、どうしたものかと悩んでしまった。
するとその時、外から子どもたちの声がした。
「いっくーん! はやくー!」
いっくんの目が、ぱっと明るくなった。
「わぁ、みんなきてくれたんだ」
「そうだよ。いっておいで」
「うん! いってくる! おかし、たくさんもらってくるね」
小さな足が前に出た。
槙を抱っこしたオレとすみれも、パレードの後について歩いた。
「いっくん、可愛いわ」
「しっぽがたまらないな、妙にリアルで」
「あれは力作なのよ」
「すみれは天才だ」
「ふふっ」
いっくんが歩く度に、黒いしっぽがふわっと揺れるのが可愛かった。
パレードの列に加わると、もう笑顔しかなかった。
カボチャランタンがゆらめく道を、いっくんは友だちと元気に歩いていく。
「トリック・オア・トリート!」
夜は家に戻って、みんなでパンプキンシチューを食べた。
槙も耳としっぽをつけてもらってご機嫌だ。
バターの香りがふわっと広がる中、いっくんが言う。
「たのしかった! ぼく、こわくなかったよ!」
その言葉を聞いた瞬間、オレの胸の奥もじんと温かくなった。
「頑張ったな」
頭を撫でてあげると、いっくんは黒い耳をつけたまま照れくさそうに笑ってくれた。
はにかむような笑顔は、瑞樹兄さんと似ている。
あの頃の兄さんに、オレは何もしてやれなかった。だがいつまでも過去を後悔するんじゃなくて、過去の後悔を今にどう生かすかが大切なんだなとしみじみと思った。
食後は温かいミルクティーと、いっくんが商店街でもらってきた甘いお菓子を分け合って食べた。
窓の外では、落ち葉が舞う乾いた音がする。
オレはその音を聞きながら思う。
来年は、もう少し大きな黒猫になってるんだろうな。
ずっと見守るよ。
いっくんの成長を。
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