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しあわせ図鑑 39
僕は店の外から、宏樹兄さんに話しかけるタイミングを伺っていた。
でも、とにかく忙しそうで、かえって驚かせて邪魔をしてしまうのではと気後れしてしまった。
「……どうしよう」
少ししょんぼりと肩を落とすと、宗吾さんが「どうした?」と聞いてくれる。
「せっかく広樹兄さんにサプライズしようと思って来たのに、花育のイベント中だったし、優美ちゃんもお熱で……兄さんもすごく忙しそうで……タイミングが悪かったなと……」
すると宗吾さんがにこやかに笑う。
「いや、タイミングなら完璧さ! 広樹は今、てんてこ舞いで猫の手も借りたいほどだぜ。だからこそ、こんな時、花に長けた瑞樹の手があったらと切望しているはずだ」
僕は宗吾さんをじっと見つめた。
「そうでしょうか」
「そうだ! さあ、早く行って手伝ってこい。俺たちも応戦するから」
宗吾さんに背中を教えてもらい、僕は勇気を出した。
「そうだ、力仕事なら俺に任せろ。あと芽生も手伝うよ」
芽生くんも胸を張り、小さな手を握りしめる。
「お兄ちゃん、ボクも手伝うよ! 小さな子に教えるのは得意だよ。いっくんに教えるみたいにやさしくわかりやすく教えられるよ!」
心強いな。
僕は小さく頷き、深呼吸をひとつ。
店内に足を踏み入れると、色とりどりの花が溢れ、子どもたちの元気な声が響いていた。
兄さんは入口に立つ僕には気づかない。
だから僕の方から、そっと近づいた。
「……広樹兄さん」
振り向いた広樹兄さんは、目を大きく見開いて後ずさりするほど驚いた。
「え……瑞樹!? なんで、どうして……お、驚いた」
僕はすっと手を差し伸べた。
「手伝うよ、兄さん」
広樹兄さんは一瞬言葉を失い、その後すぐに笑顔を取り戻した。
「本当か。あぁ最高のタイミングだ。助かるよ!」
僕たちに気づいた子どもたちが、目を輝かせて近づいてくる。
「わあ、おはなのようせいみたいなお兄ちゃんがきた!」
「お花の精のお兄ちゃん、教えて!」
「これどうしたらいいの?」
宏樹兄さんも「みんながいい子だから、おはなのようせいさんがきてくれたぞ」と笑っている。
「瑞樹、一緒にやろう!」
「うん!」
僕は少し照れながらも、花を手に取り、一人ひとりに、やさしく教え始める。芽生くんも隣で、子どもたちに寄り添いながら小さな声でアドバイスしている。
「えっとね、こうやって持つと、おはなさんがよろこぶんだよ。お兄ちゃんこれであってる?」
「そうそう、優しく触ってあげてね」
宗吾さんは店内を広く歩きやすくするために、大きな鉢や重い資材を店の奥に次々と運んでくれる。
「力仕事は俺に任せろ! 瑞樹、芽生、しっかり教えてやれ」
こどもたちの小さな手が花と触れ合うたび、僕の心もじんわり温かくなる。
兄さんの表情も、ぐっと和らいでいた。
「瑞樹、ありがとう……!」
兄さんが忙しい合間に感謝の声をかけてくれる。
「小さな子に教えるのって楽しいね」
僕は幸せな気持ちになっていた。
さっきまで騒然としていた店内も、少しずつ落ち着きを取り戻し、子どもたちはみな、自分だけのフラワーアレンジメントを完成させることができた。
子どもたちの笑顔、花の香り、そして兄さんのほっとした表情。
どれも欠けてはならない。
僕の大好きなしあわせのかけら。
「瑞樹、タイミング悪くなかっただろう?」
「はい、宗吾さんの言う通りでした」
兄さんの幸せは僕の幸せ。
兄さんの花育が上手くいってよかった。
弟として手伝えて嬉しかった。
子どもたちは自分だけの花を抱きしめるように抱えて、帰っていく。
僕たちは手を振って見送った。
「また、来てね」
花を大切にしてくれて、ありがとう。
幸せな時間をありがとうと、感謝をこめて。
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