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しあわせ図鑑 40

「おはなの先生、ありがとうございました」 「また来てね」 「ようせいさんとおはなえらぶの。たのしかった」 「おはなさん、きれい ままにあげるの」 「おにいちゃん、ありがとう」    子供たちは、自分で作ったアレンジメントを優しく抱きしめて笑顔で去っていく。    その様子を、僕と兄さん、宗吾さんと芽生くんで、横一列に並び手を振って見送った。  最後のひとりが見えなくなると、宏樹兄さんが「ふう……」と深く息をついた。  兄さんは放心状態でしばらく店内の花を見つめ、やがて僕の方を向くと、少し照れたように笑って——そして、いつものように、ぎゅっと抱きしめてくれた。 「瑞樹……本当に……本当にありがとうな」  胸の奥から絞り出すような声。  懐かしい兄さんの体温が伝わって、僕の頬がじんと熱くなった。 「急に優美が高熱を出して……みっちゃんが病院に連れていってくれたけど、急に人手が減って……俺、てんてこ舞いで……内心、ものすごく焦ってたんだ」 「うん……」  それは見ていて、痛いほどわかった。  いつもドンと構える兄さんが心底困っていたこと、本気で慌てていたこと、全部伝わってきたよ。 「だから……瑞樹が来てくれなかったら、俺、心に余裕がないままで、せっかく来てくれた子供たちに、花がきれいなことも、花が人を癒すことも、花が人の心をときめかすことも、何ひとつ伝えられなかった……だから本当にありがとう」  兄さんの自分を強く責めるような言葉に切なくなったが、そんな兄さんの心を少しでも慰めることができたのなら良かった。 「お兄ちゃんの役に立てて、良かった」 「役になんて……それ以上だ! 瑞樹が来てくれた瞬間、会場の空気が変わったんだ。子どもたちの顔も、俺の心も、ぱっと花が咲いたみたいに」  兄さんはそう言って、また少し力を込めて抱きしめてくれた。    この抱擁は……  僕たち兄弟の、昔からの儀式のようなもの。10歳でここに来てから、孤独で凍えてしまいそうな僕の心と体を、兄さんは兄の愛情で、いつも埋め尽くしてくれた。    僕の心が凍らないで済んだのは、兄さんのおかげ。 「……本当に、弟がいてくれてよかったよ」 「僕も……お兄ちゃんがいてくれてよかった」  気づけば、宗吾さんと芽生くんが、静かにこちらを見ていた。  宗吾さんに「兄弟っていいもんだな」と言われ、僕と兄さんは顔を見合わせて、微笑んだ。  花屋の店先には、夕暮れの光を受けて花が輝いていた。 「ところで瑞樹、いつ、こっちに来たんだ?」 「今日だよ。夏休みの……家族旅行で、明日は大沼に行くんだ。その前にどうしてもお兄ちゃんに会いたくて……驚かせたくて黙ってきちゃった。ごめんね」 「謝んなよ」  兄さんは笑って首を横に振った。 「最高のサプライズだったよ。こんなうれしいサプライズなら大歓迎さ。ほら、顔をよく見せてみろ」  兄さんは僕の頬を両手で包み、しみじみと見つめた。  優しいまなざしに、胸がくすぐったくなる。 「ああ……血色もいいし、表情も明るい。いい顔してるな。宗吾くんと芽生坊に、大切にされてるんだな」  その言葉に、僕の心に幸せが満ちていくのを感じた。  少し恥ずかしいが、心の奥がぽっと灯るようにうれしい。 「今、幸せだから……」  兄さんにこのセリフを伝えられるのが嬉しい。  自然に、花のように笑みがこぼれた。  兄さんもつられて、同じように笑ってくれた。 「それを聞けてよかった。瑞樹が笑ってくれると、俺まで幸せになるよ」    兄さんと僕は実の兄弟ではないが、そんな垣根はとうの昔に飛び越えている。兄さんと僕には。言葉にしなくても通じ合えるものがある。 「……また、ちょくちょく顔を見せてくれよ」 「うん。今度は驚かせずに、ちゃんと連絡してから来るね。そうだ、兄さん、ここの片付けはしておくから、早くみっちゃんと優美ちゃんのところへ行ってあげて」 「そこまでしてもらうのは、悪いよ」 「僕が……そうして欲しいんだ」  僕の言葉に、兄さんが神妙な顔になる。 「……瑞樹が小さい頃……してやれなかったことが沢山あったな。あの頃……病気の瑞樹をよく……ひとりぼっちで寝かせて……ごめんな」 「兄さん、謝らないで……あの頃はみんな大変だったんだ。僕はちゃんと理解している。だからこそ……今、兄さんが優美ちゃんやみっちゃんに寄り添ってくれるの、自分のことのように嬉しいんだ」  過去は過去。    今は今。  僕は今を好きになる。

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