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しあわせ図鑑 43

 客室に戻ると、芽生くんはすぐにノートを机に広げた。  色鉛筆を並べ、楽しそうに日記を書き出したので、僕と宗吾さんはそっと見守ることにした。  今日の出来事が『しあわせ日記』に記録されるの、嬉しいな。  兄さんの役に立てたこと。  子どもたちの笑顔。  しあわせの余韻。  思い出すだけで胸が高鳴る。 「やったー! 完成したよ!」  その声に宗吾さんがすくっと立ち上がった。 「よし、じゃあ出かけるぞ」 「え? こんな時間にどこへ?」 「せっかく函館にいるんだから、函館山の夜景を見に行こうぜ!」 「わぁい! 夜のおでかけだね!」  芽生くんが嬉しそうに顔を上げる。  僕は長い間、函館に住んでいたのに、恥ずかしながら夜景をちゃんと見たことがなかった。 「ほら、瑞樹、行くぞ。ちょっと冷えるかもしれないから、羽織るものを持って行こう」 「あ、はい!」  僕たちはホテルから出発する夜景観光バスに乗り込んだ。 「実はチェックインのときに予約しておいたんだ」 「こんなサービスがあるなんて、知りませんでした」  窓の外には、夜の港町の光が静かに流れていく。  やがて山道に差しかかると、木々の隙間から小さな光がちらちらと見え始めた。それは次第に、まるで宝石箱をひっくり返したような眩い夜景へと変わっていく。  胸の奥がじんわりと熱くなる。  ずっと下から見上げていたあの山の上に、これから行くんだ。  そのことが、たまらなく嬉しかった。  天国のお父さんとお母さん、そして夏樹の近くに行けるような気がして。    山頂に到着し、展望台から夜景を見下ろすと、無数の灯りがまるで空に浮かぶ星のように瞬いていた。 「わぁ、お兄ちゃん、街のあかりが星みたい!」 「僕もそう思うよ」  それは星のようでもあり、誰かが誰かを想って灯した祈りのようにも見えた。  そうか……  星は空にあるだけじゃなくて、地上にもこんなにたくさん瞬いているんだ。 「綺麗だ……」  うっとりと漏らした声に、宗吾さんが大きく頷く。 「すげぇな。これが『百万ドルの夜景』ってやつか」  街の灯りが星のように輝き、夜空には満天の星。  生きている人も、もう会えない人も、みんな繋がっている。  そんなふうに思うと、不思議と心が満たされていくよ。 「はい……夜景って、こんなふうに見えるのですね」 「来てよかったな」 「はい。本当に綺麗です」  宗吾さんが快活な笑顔を浮かべる。 「俺さ、東京に戻ったら東京タワーにのぼりたくなったよ」 「え?」 「いつでも行けるって思うと、なかなか行かないもんだな。でも、あえて行ってみると、想像を超える景色が待ってるから見たくなる」  宗吾さんの横顔が、街の灯りを映して明るくなる。 「瑞樹、『いつでも行けるから』じゃなくて、『行けるときに行こう』って考えると、人生って楽しくなるよな」  僕はその言葉を胸の中で噛みしめた。  ずっと過去に囚われていた僕が、今は、こうして行ける場所を増やしている。  宗吾さんと芽生のおかげで、僕は前を向いて生きている。 「……ほんとうに、そうですね」 「じゃあさ、あしたはどこ行く?」  芽生くんが無邪気に聞いてくる。  僕の気持ちは、もう駆け出していた。 「明日は、チェックアウトしたら、すぐに大沼に行きませんか?」 「もちろんだ」 「やった! おじいちゃんもおばあちゃんも大好き! はやく会いたいよ!」  宗吾さんが即答し、芽生くんが嬉しそうに手を叩く。  二人の笑い声を聞きながら、僕は夜空を仰いだ。  光が星のように瞬く地上で、僕の人生はこれからも続いていく。  この幸せを、ちゃんと生きよう。  その思いが、静かに広がっていった。  僕の故郷、函館。  前よりも、もっともっと好きになっていく。

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