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しあわせ図鑑 45
早起きした俺は、瑞樹たちの到着を今か今かと待っていた。
今回は瑞樹が花のコンクールで受賞した副賞の航空券を利用した、夏休みの帰省だそうだ。
貴重な旅先に大沼を選んでくれたことが、嬉しかった。
瑞樹たちは前日から函館入りして、まずは市内観光をすると事前に聞いていた。
予定では、今日からこっちに泊まるとのこと。
そう言えば何時頃来るのか、詳細を聞いてなかったな。
時計を何度も見ながら、電話の前をうろうろ。
手に持ったスマホをぎゅっと握っては、ため息をつく。
そんな俺を見て、さっちゃんがニコニコ笑っている。
「勇大さんってば、落ち着いて。きっとお昼ごろよ。おやつのドーナッツ、今のうちにつくるわね」
甘い香りが漂い始めるキッチンと張り切るさっちゃんの声に、俺の気持ちも少し落ち着いた。
いや、落ち着くどころか、ますます胸がざわついてきたぞ。
もしかしたら、「今から帰るよ」と連絡をくれるかもしれない。
そう思うだけで、心臓が跳ねる。
大樹さんと澄子さんが外出すると、いつも「今から帰るよ」と電話をくれた。留守番している俺を気にかけ、声を聞かせてくれたんだ。
あの時の大樹さんの声のあたたかさ。
今でも胸の奥に残っている。
やがてスマホが震え、画面に名前が浮かぶ。
瑞樹からだ!
それだけで、胸がいっぱいになった。
早く会いたい気持ちもあるが、せっかくの旅行をゆっくり楽しんで欲しい気持ちも同時に溢れる。
あぁ、こんな風に思うなんて――
俺は大樹さんから、瑞樹の父親としての役目を託されたんだと、しみじみと感じるよ。
瑞樹は外見は澄子さんに似て柔らかく優しいが、あたたかい気遣いは大樹さん譲りなんだな。
教えてもらった時間に合わせて、駅へ車を走らせる。
今日は大沼駅を使うそうだ。
ホームには数人の地元の人が行き交うだけで、『大沼公園駅』の観光地の喧騒とは無縁で、居心地がいい。
小さな駅舎の木の壁に、朝の柔らかい日差しが当たり、橙色に染まっている。線路の向こうには雄大な山並みと、うっすら霧のかかった森が広がっている。遠くに清流の音が聞こえ、朝の空気はひんやりと澄んでいる。駅前には数軒の木造の民家と小さな商店があるだけなので、小鳥のさえずりもよく聞こえる。
やっぱりこっちの方が、帰省らしい雰囲気だな。
改札の前で電車の到着を待つが、まだ15分もあるじゃないか。
「少し早く来すぎたか」
だからゆったりとした気分で空を見上げ、封印していた過去の記憶を解き放放った。
昔、小さなみーくんを駅まで迎えに来た時も、こんな天気だった。
大樹さんと澄子さんに手を引かれ、可憐に微笑みながら改札を潜って……
あの頃のみーくんは、一人っ子で甘えん坊で、恥ずかしがりやだった。
でも俺には、いつも満面の笑みを向けてくれた。
函館のお土産だといって、綺麗な葉っぱを大事そうに持って、「これ、くましゃんに、おみやげだよ」と渡してくれた姿は、めちゃくちゃ可愛かった。
そういえば、瑞樹も葉っぱや花が好きな子だった。今のいっくんのように、自然に心を寄せる子だった。
やがて線路の向こうから、列車の音がかすかに聞こえてきた。
大沼の風が、山の緑の匂いを運んでくる。
ああ、この美しい景色の中で、瑞樹たちに「お帰り」と言えるのが嬉しいよ。
電車がゆっくりとホームに滑り込む。
線路の向こうから、瑞樹たちの声と足音が少しずつ近づいてくる。
胸の奥がざわつき、手のひらが少し汗ばんでいるのを感じた。
改札の向こうに、手をつないだ三人の姿が見える。
瑞樹は少し頬を紅潮させ、口元に柔らかい笑みを浮かべていた。芽生坊は好奇心いっぱいの様子であたりをキョロキョロ見回し、宗吾くんは落ち着いた笑顔で瑞樹の肩に軽く手を置いている。
「あっ……ただいま、お父さん」
瑞樹の声が、朝の大沼駅に優しく響いた。
あぁ、この言葉をずっと聞きたかった。
目の前の瑞樹は、あの頃の小さなみーくんではなく、もう立派な青年だ。でも仕草や笑顔の温かさは、幼い日の面影そのままだ。
俺は自然と駆け寄り、肩に手を回す。
「お帰り、瑞樹。宗吾くんと芽生坊もようこそ」
瑞樹は笑顔で俺を見上げ、目を細めた。
「お父さん、迎えにきてくれてありがとう」
「今日からお世話になります」
「おじいちゃん、いっぱい遊ぼうね」
宗吾くんも芽生坊も明るく快活で安心する。
俺は深く息を吸い込み、胸の奥で小さく呟く。
大樹さん、見ていますか。
あなたの息子が、家族仲良く帰省してくれましたよ。
今、俺は父親として、心をこめて出迎えています。
こんな大役を任せて下さってありがとうございます。
(熊田、頼んだぞ)
(はい、大樹さん)
天国から託された想いを受け取って、笑顔になった。
「さあ、帰ろう。大沼で楽しい時間を過ごそう!」
ハンドルを握りながら、心の奥で感謝した。
帰ってきてくれて、ありがとう。
胸いっぱいの幸せを、この生まれ故郷に見せてくれて、ありがとう。
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