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番外編 空色クリームソーダ ―①
前置き
今日は可愛いいっくんの夏休み番外編にさせて下さい。
もはや『幸せな存在』はBLから離れたほのぼのヒューマンドラマになっていますよね。優しく美しい世界を書いていくことで、読者さまの心を少しでも休ませる物語になっていれば嬉しいです。
いつも読んで下さってありがとうございます。
今日もお疲れ様です🍀
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◆きょうのパパは、いっくんだけのパパ
夏休みの朝。
今日は久しぶりの仕事休みで、家の中にはゆったりとした時間が流れていた。高原の風がカーテンをそっと揺らすと、いっくんは「ふわぁ~」と可愛らしいあくびをした。
オレは目を細めて、息子のあどけない顔を見つめた。
「ん……? パパぁ、もう、おきてたの」
「おはよう、いっくん、あのさ、今日のパパは、いっくんだけのパパだぞ」
その言葉に、いっくんの目がまんまるになる。
「いっくんだけのパパ? ほ、ほんと?」
「あぁ、そうだ。今日は休みをもらえたんだ。だから、いっくんとどこにでも一緒に行けるよ」
「わぁ……あ、……で、でもいいの? ママとまきちゃんも一緒じゃなくて」
「あぁ、大丈夫だ。ママも『行っておいで』って。槙も大丈夫だってさ」
「ほ、ほんと? じゃあ、じゃあ、いくー!」
いっくんは、布団の上でぴょこんと跳ねた。
いっくんはいつも優等生すぎるんだ。お兄ちゃんらしく振る舞い、わがままひとつ言わない。小さな槙がいると、どうしても槙中心になり、行ける場所も限られる。仕方ないこととはいえ、いっくんはいつも我慢してくれていた。
それを心配して、すみれからも頼まれていた。
「次のお休みは、どうか、いっくんとデートしてあげて」――と。
朝食のあと、ふたりでリュックを背負い、手をつないで家を出る。
夏の空は大きくて、雲がゆっくり泳いでいる。
「いっくん、どこに行こうか」
「えっとね……パパとふたりで、ひみつのとこ!」
「秘密の場所か。いいな。パパのとっておきの秘密の場所を二つ案内するよ」
「ふたつも! すごい!」
いっくんは嬉しそうに、ぎゅっとオレの手を握る。
だからオレも同じ強さで握り返した。
家からバスに乗り、郊外で降りる。
森の中を歩き出すと、夏の木漏れ日が煌めき、枝が揺れるたび涼しい音がした。
「ここは秘密の森なんだ」
「どうしてひみつなの?」
「面白い形の葉っぱがあるんだ」
いっくんはぱっと目を輝かせ、森のあちらこちらを観察しはじめた。『葉っぱ博士』の名に恥じない集中力だ。
「わぁぁ、パパ、これみて!」
いっくんが落ち葉の中から、見事に星の形の葉っぱを見つけた。
「おおお、すごいぞ! こんなの滅多に見ないぞ」
「えへへ、ボク、これ、きょうのひみつの葉っぱにする!」
両手でそっとその葉っぱを包んで微笑む姿は、小さな宝物を抱えたエンジェルの姿そのものだった。
森林の清々しい匂い。
湿った土の柔らかさ。
木漏れ日のまばゆさ。
全部、いっくんの胸の小さな宝箱にそっとしまわれていく。
ふたりだけの思い出が、また一つ増えた
森を出たあと、小さな喫茶店にいっくんを連れていった。喫茶店なんて滅多に入らないから、いっくんはドキドキしている。
「パパ、ここ……いいの? ここ、たかくない?」
「ふっ、心配するなって」
木の扉を開けると、カランと優しい音が響いた。
いっくんはメニューを広げて、困った顔をしている。
「決まらないのか。じゃあ……今日は特別だからクリームソーダにしてみるか」
「え、いいの? でも……」
「大丈夫だよ」
「じゃ、じゃあ……のんでみようかな」
運ばれてきたグラスは、いっくんの大好きな空色だ。
光に透けて白いアイスクリームが、ふわふわの雲のように浮かんでいる。
「なぁ、いっくんは、どうしてそんなに空色が好きなんだ?」
きっと答えはひとつ。
そう思っていたら――
いっくんは目を細めて、にこっと笑った。
「りゆうは、ふたつあるんだよ」
「ふたつ?」
「うん。ひとつはね……お空のパパに会える色だから」
オレの胸が静かに揺れる。
亡くなった実父、お空のパパ。
いっくんにはその存在を、優しいものとして覚えていてほしい。
オレがいっくんの父親のポジションを独り占めしたくない。
「いっくんね、お空色を見ると『ここにいるよー』ってパパに言ってるみたいなの。だから好きなの!」
いっくんらしくて、胸があたたかくなる。
「ところで、もうひとつは?」
そう尋ねると、いっくんはクリークソーダのグラスを両手で抱えて、さらに嬉しそうに身を乗り出した。
「それでね……もうひとつは、パパのいろだからなんだよ」
「……パパって、オレのことか?」
「うん! だってね、いっくんがさいしょにパパにだっこしてもらったとき、すっごくきれいな青ぞらが見えたの。パパがだっこしてくれなかったら見えなかったよ。パパのにこにこさんのお顔と、きれいなお空、ぴったりだったの」
いっくんは、ぱあっと笑った。
オレも嬉しくてにやついてしまうよ。
「――ぱぱは、よくはれたおそらみたいなんだよ。だーいすき!」
オレは小さく息を飲み、いっくんの頭にそっと手を置いた。
「ありがとうな」
いっくんは嬉しそうにクリームソーダをかき混ぜた。するとグラスの中で、青空の青はアイスと混ざり合い、やさしい水色に変わっていった。
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