8 / 9
【8】
「ちょっと待ちなさいっ! 部外者の無断立ち入りは許されていないぞっ」
ビル自体が全面反射ガラスに覆われたR貿易本社ビルのエントランスに走り込んだ大智は、警備員の制止を振り切り、社員専用の自動認証機の間をすり抜けた。
鏡のように磨かれた大理石の床を靴音を響かせながらエレベーターへと向かう。
背後からいくつかの忙しい足音が追いかけてきていたが、今は立ち止まることは出来ない。
エレベーターの鏡面扉がゆっくりと開き、そこから出てきた女性の腕を勢いよく掴み寄せると、大智はなりふり構わず詰め寄った。
「セリオ……。セリオ・ラドクリフはどこにいる?」
「え……。あ……幹部役員室でしたら、最上階の三十五階に専用フロアが……」
「最上階ですね。ありがとうございます!」
アポイントメントもない。しかも無断で一流企業に乗り込み、警備員の制止を振り切った挙句、女性社員の腕を掴んで詰問するなど、もう犯罪者の域に達している。
不審人物とみなされ、警察にいつ引き渡されてもおかしくない状況でありながら、大智はエレベーターに乗り込み最上階を目指した。
クレトの情報が正しいものかも定かではない。でも――大智はセリオの気配を感じていた。
彼が纏う甘い香りを手繰り寄せるように、大智は何度も深呼吸を繰り返した。
エレベーターが上昇するにつれ、その香りは強くなる。魔王と繋がった者にしか分からない極上の香りと、彼が発する大智への想い。
「セリオ……」
静かにその名を呟くと、心臓がトクンと音を立てた。
高速であるはずのエレベーターが遅く感じる。気持ばかりが逸り、どうにも落ち着かない。
「早く……。早くっ」
フワッと足元が宙に浮く感覚と共に、ポンッと小気味よい音がエレベーター内に響く。余裕のない大智の姿を映していた鏡面扉が左右に開いた。
目の前に広がるのは一面ガラス張りの大きな窓。その向こう側にはネオンが瞬く夜景がパノラマのように広がっていた。
上質な絨毯に足を踏み出し、左右を確認する。人の気配は全く感じられず、やけに静かだ。
「本当にここにいるのか……?」
教えてくれた女性を疑っているわけではない。大智にはそれなりの裏付けがあったからだ。
目を閉じて彼の気配を探す。甘い香りが流れてくる方に足を向けると長い廊下が現れた。左手に夜景を望む廊下をゆったりとした足取りで進んでいく。途中、何度か振り返って追手が来ないことを何度も確認した。
右手にはコンクリート打ち放しの壁があり、木製のドアとプレートが掲げられている。
一つ目、二つ目……。通り過ぎるドアを数え、五つ目のドアの前で足を止める。
大智はもう一度周囲を見回して、恐る恐るドアをノックした。
中からの応答はない。もう一度ノックしようとして手を伸ばした時、ふわりと柔らかいものに包まれたような気がして目を伏せた。自身の掌をじっと見つめ、そこに黒いベールのように冷たい霧が纏わりついていることに気付きブロンズのドアハンドルを握った。
(ここに……いる)
ハンドルを下げながらドアを開けると、開放的なワークスペースが広がった。
落ち着いた色使いで統一されたシンプルなインテリア。壁面には収納があり、無駄なものは一切見当たらない。
正面に置かれた大きなマホガニーのデスク。その後ろには廊下同様、大きなガラス窓に映る夜景。
そして、ゆったりとしたレザーチェアーに長い脚を組んだまま座る黒い美丈夫。
「――この会社のセキュリティをもう一度見直した方が良さそうだな。ようこそ……不法侵入者」
そう言って立ち上がった彼は両手を広げておどけて見せた。
大智は後ろ手にドアを閉めると、ホッと安堵の息を吐いた。セリオの気配を感じて、間違うことなくここに辿りついたことが何よりも嬉しかった。
「通報するか?」
口元を緩めてそう問うた大智に、黒いスーツに身を包んだセリオは優雅に微笑み返した。
「折角ここまで来てくれたお前を追い出すような真似をすると思うか? 安心しろ……。警備室にはもう連絡済みだ」
「不審者は俺の奴隷だ……って?」
セリオはゆっくりとデスクを回り込み大智と向き合うように立つと、背筋を伸ばして真っ直ぐに見据えた。
その立ち姿は威厳ある魔王らしく、優雅で堂々とし畏怖を纏っていた。
「お前がここまで来るとは……。何か相当な理由があっての事か」
大智は妖しく輝く灰色の瞳を見返して、ゴクリと唾を呑みこんだ。
ここに来るまでとは比較にならない、狂おしいまでの甘い香りとセリオの存在感に脇に下していた指先が微かに震えた。
その震えを止めるかのようにギュッと拳を握った大智は、緊張で渇いた唇を一度だけ舐めてから、ゆっくりと口を開いた。
「――聞いた。全部、クレトに聞いた」
大智の言葉に反応してセリオがわずかに目を見開いたが、すぐに平静を取り戻すと、唇の端を片方だけ上げて皮肉気に笑った。
「何を聞いたか知らないが、奴隷であるお前の望みは易々とは叶えられないぞ?」
「分かってるよ……」
吐き捨てるように言った大智は、震える足を奮い立たせ、一歩……また一歩とセリオに近づいた。セリオはマホガニーのデスクに浅く腰掛け、長い脚を伸ばしたまま腕を組んだ。
どこまでも傲岸。どこまでも鬼畜。そして、どこまでも――。
「――でも、あえて言うよ。お前のキスが欲しい」
愛しい……。
もう自分の想いに嘘は吐かない。大智の栗色の瞳はセリオを見つめたままブレることはなかった。
何かを待ちわびるかのように薄っすらと開かれた唇。その唇が最愛の男の前で戦慄いた。
「心から望む……。お前と……共に、生きたい」
大智がそう口にした瞬間、素早くセリオが動いて唇を強く塞いだ。
「ん……っふ」
頬にそっと添えられた大きな掌の熱が大智の心を溶かしていく。絡み合った舌が際限なく互いを求め、想いを重ねるように溢れる唾液が混ざり合っていく。
それを嚥下しながら角度を変え、歯列をなぞる。口蓋を愛撫するように動くセリオの舌に、大智は我慢できずに吐息を漏らした。
セリオの薄い唇が幾度となく大智の唇を啄み、銀糸を纏いながら離れていく。物足りなさに上目遣いで睨んだ大智を諭すように、セリオは力強い腕で腰を引寄せると耳元で囁いた。
「クレトには罰を与えなければな……」
「え……?」
驚いた大智は顔を上げて身を強張らせた。自分のせいでクレトが彼にお仕置きされるのは心苦しい。パワハラとも捉えられてもおかしくない詰問をしたのは大智の方なのだ。
「クレトは悪くない。俺が勝手に……っ」
セリオは慌てる大智を制するように彼の腰を自分に密着させると、再び耳元で囁いた。それは底なしに甘く、そして艶のある声だった。
「――大切な花嫁をたった一人でここまで来させるとは。側近としてあるまじき行為だ……。そうだろう?」
「え?」
「随分と遠回りをしてきた……。そう思わないか?」
大智は強張らせていた身体の力をふっと抜くと、セリオの胸元に顔を埋めて言った。
「思うよ……。でも、俺がどこにも逃げられないように外堀埋めて、記憶まで操作して……。最後の最後で、花嫁からプロポーズさせるとか……どこまで鬼畜なんだよ。この性悪魔王っ」
「最高の褒め言葉だな……」
フッと口元を綻ばせたセリオは体勢を逆転させると、大智を大きなデスクの上に押し倒した。
積み上げてあった書類がふわりと舞い上がると、パラパラと音を立てて絨毯の上に散らかる。
「セリオ……」
「――お前と初めて会った時、心臓を抉られるくらい苦しくなった。勝ち気なその瞳、生意気な言葉を吐く愛らしい唇、何より俺の姿を見ることが出来る人間……。これは運命なのだと思った」
「生意気だけ余計だろ……」
「もう花嫁探しなどどうでもいい。だが、この男だけは手放すことは出来ない。だから――スマホを割った」
大智は瞠目したまま真上にあるセリオを見つめた。自分がぶつかって壊したと思っていたスマートフォン。実はセリオ自らが地面に叩きつけて壊したという。
じゃあ、これまでの奴隷生活は一体なんだったのだろう……。しかし、今となってはそれは愚問だ。
「はぁ? 割ったって……どういうことだ?」
「このデータがある以上、俺は審官が決めた花嫁と契らなければならない。これさえなくなれば、お前をそばに繋いでおける……そう考えた。だから壊した。お前には悪いことをしたと思っている。でも――こうするしかなかった」
「なんで奴隷になんかしたんだよ……」
「壊れたスマホで脅し、奴隷の契約を交わすことで責任感の強い人間であれば逃げ道を断てる。それに、俺の所有物に触れることは許されないと周知すれば、お前に変な虫がつくことは防げる」
「なんだよ、それ……。俺、自分が奴隷になったってことでどれだけ悩んだと思ってるんだよ」
「うわべだけじゃない。お前の本質が見たかった……」
最初から魔王に見初められ花嫁として迎えられると言われれば、人間誰しも傲り高ぶる。だが、奴隷としてヒエラルキーの最下層まで貶められれば、本当の姿が見えてくる――そうセリオは言った。
そこから、外堀を徐々に埋めていく工程を話し始めたセリオに、大智は呆れながらも時折キスを強請った。
セリオに高額収入があると知れば、大智も彼に媚を売っていただろう。だが、文句を言いながらも自身だけでなくセリオやクレトの生活費を養い、連日残業までしていた大智の健気さにセリオはより深く惹かれた。
早々に体を繋げれば婚姻の契約は成される。しかし、世界を背負う魔王が己の欲求だけで体を繋げたとなれば、魔界の民は黙ってはいない。それならば大智の方から繋げてもらえればいいと安直な発想を行動に移したのは『夜伽』の夜の事。
しかし、あれからややこしい方へと転がってしまった。大智がセリオを意識し始めたのはいいが、一度口にした大智の精液の甘さが忘れられず、顔を見るたびに犯したい衝動に駆られ、それを堪えるたびに大智に冷たく当たるという負のスパイラルが始まってしまった。
しかも、セリオ直々に審官に大智を迎えたいと伝えたところ、満場一致で却下され、そのやり場のない怒りと悲しみに打ちひしがれていた時に限って大智と大喧嘩。
自室で泣いていることは分かっていたが、その時のセリオにはクレトの手前どうする事も出来なかった。
愛する者を泣かせ、自分から心が離れてしまう事を一番恐れていたのはセリオの方だったのだ。
「――で、あの電車に至るってこと?」
チュッと唇を啄んだセリオがすっと視線を逸らして、バツが悪そうな顔で大智をちらりと見た。
「まあ、そうなるな」
「――で、俺の記憶はいつ返してくれるの?」
「ん?」
「とぼけるなよ。大事な記憶……。俺は、お前とどんな誓いを立てたのか知らないまま結婚するのか?」
大智はセリオの両頬を手で挟み込むと、わずかに首を傾けて目を細めた。こうやって、まだ目を逸らすようだったら、ロクな誓いではなかったということになる。でも、セリオの想いが本物であるならば、その答えはおのずと導かれる。
「――お前がどうしてもというのなら返すことは厭わないが」
「知りたいに決まってる。それって、相当肝心なところだからっ。だって――お前からの……プロポーズとか、初夜……とか、も……だろ?」
大智は頬がカッと熱くなるのを感じて、慌ててセリオの頬から手を離した。
そして、自分の顔を腕で覆うようにして隠すと小声で言った。
「だって……信じられないだろ? 記憶がなければ、お前と……ホントに……繋がったのかって。また、騙されるの……イヤだから」
「嫌なことも思い出すぞ?」
「多分だけど……。嫌な事よりもイイことの方がはるかに多いと思ってる。お前との時間……取り戻したい」
少し戸惑いの色を浮かべていたセリオだったが大智の言葉に小さく頷くと、顔を覆っていた腕をそっと退けた。
セリオは自身のシルクのネクタイのノットに指を入れて緩めると、長い前髪の間から覗いた灰色の瞳を鋭く光らせた。
「――分かった。お前の望みは俺にしか叶えられない」
薄らと微笑んだ唇の端から見え隠れする象牙色の牙と、指先に長く伸びた爪、そして誰もが恐れる畏怖を纏った魔王がその姿を露わにし、美しい眼差しで大智を見下ろした。
「大智、目を閉じろ……」
「あぁ……」
セリオに命じられるままに目を閉じた大智は、周囲を取り巻く空気が急激に冷やされていくのを知った。
この部屋に入る前に自分の掌を覆った黒いベール。それが全身を包みこむように柔らかく揺らめいている。
おそらく、これはセリオが放つ闇の力。黒い霧となったそれは大智の気持ちを穏やかなものへと変えていく。
「恐れることはない。――記憶を戻すぞ」
耳元で囁かれたと思った瞬間、大智の唇はセリオに塞がれていた。先程よりももっと激しいキス……。
水音を立てて絡まる舌先から何かがじわりじわりと体内に入り込んでくる。閉じた瞼の裏でいくつもの光が瞬き、闇の中に消えていく。その眩しさに目を閉じようとするが、大智にはそれが出来ない。目を閉じているにも拘らずその目で見ているもの――それが記憶だった。
幾筋もの光が流れ、その色を変えていく。その度にセリオの舌が深く差し込まれ、息苦しさに顎を上向けた。
「ん……っぐ、ふ……っ」
光の筋がある一点に向かって渦を巻く様に吸い込まれていく。耳の奥で音楽を逆回転させて再生しているような音声が流れ、その音が次第に大きくなったり小さくなったりする。
唇の端から溢れた唾液が顎を伝い、首筋へと流れていく。たったそれだけなのに、体の芯がズクリと疼き、強烈な熱を発し始める。
「んん……っはぁ……はぁ……」
無意識に自身のネクタイを緩める大智の手をそっと握ったセリオは、もう片方の手で彼の上着をはだけ、ワイシャツ越しでもハッキリと隆起した胸の飾りを指の腹で押し潰した。
「あぁ……はっ……ん」
脳みそが焼き切れそうなほどの快感と、気怠さ、全身を襲う甘い痛みと疼き。断続的に押し寄せる射精感と愉悦の波。
大智はセリオの下で胸を喘がせて細い腰をくねらせた。重ねられた唇の隙間から洩れるのは快感に咽ぶ吐息。
それを満足げに聞きながら舌を絡め、乳首を愛撫するセリオ。
硬くて熱い楔が大智の体を貫くと不自然に腰が跳ね上がり、内腿がブルブルと震えた。
先端が大智の腹の最奥を激しく突き上げ、その度に全身が痙攣し、頭が真っ白になる。薄っすらと開かれた視界に映るのは天井から降り注ぐ漆黒の羽根。それが大智の白い腹の上に舞い落ちていく。
(綺麗だ……)
直感的にそう思った。その羽根に触れようとする指先を絡め取られ、丁寧に舌が這う。その視線の先には漆黒の髪を汗で纏わりつかせた野性味溢れるセリオの顔があった。
「セ……リ、オ」
触れ合った大智の唇が戦慄き、声なき声をあげる。それに応えるように、セリオは乳首を指先できつく捩じりあげた。
「っふあ……! あぁ……らめぇ……そこ、らめぇっ」
幾度となく最奥で彼を受け止めたか分からない。激しく揺すられるたびに下腹部が重怠い。
蕾の入口ギリギリまで引き抜かれた楔によって、押し出された白濁が割れ目を伝い落ちていく。それがシーツに浸み込み、すぐに熱を失って肌に触れるとひやりとした感触を与える。
大きく開いたままの脚の間で逞しい腰を打ち続けるセリオの姿は普段より大きく、そして何よりも美しかった。頭上に生えた二本の巻き角、彼が動くたびに羽根を落とす大きな黒い翼。そして、燃えるような真紅の瞳……。
興奮が止まらないと言わんばかりの荒い息遣いで、大智の中を抉り続ける。
そこにはもう痛みなどない。女性の腕よりも太い楔を受け入れ、嬉々として収縮を繰り返す薄い襞、中は熱を発しながら奥へと誘う蠢動が止まらない。
「あ……あぁ……っ」
「大智……。美しい我が花嫁……。誰にも触れさせない……お前の心も体も俺だけのものだ」
セリオに与えられるすべてが心地いい。快感に掠れた低い声も滴る汗も、熟した果実のような甘みの強い精液も……。大智のすべてが満たされていく。
「セリオ……。セリオ……ッ」
焦点が合わない。視界が滲んでいく。
もっと、ずっと愛しい男の顔を見ていたい。でも視野が狭まり、意識が遠のいていく。
「やだ……。セリオ……離さないで」
「安心しろ。ここにいる」
唇を触れ合わせたまま囁いたセリオの声に、大智の体がゆっくりと弛緩していく。
見ているはずの景色がだんだんと小さくなって消えていく。
その間際――。
大智の耳のハッキリと届いたセリオの声に、ふっと口元を綻ばせた。
『愛している……。永久 に……共に生きよう』
セリオが大智の舌先に牙を押し当てた時、パッと大きく見開かれた大智の栗色の瞳は薄っすらと赤みがかかっていた。
何度か瞬きを繰り返し焦点が合ってくると、すぐ目の前にセリオの顔があることに気付く。
その瞬間、顔から火が出るのではないかと思うほどの羞恥心に襲われた大智は、眉をハの字にして泣きそうな顔でセリオを睨んだ。
「――バカ」
唇を離したセリオは不思議そうな顔で大智を見下ろしていた。記憶を戻した瞬間に「バカ」と言われたからだ。
「お気に召さなかったか?」
おどけながら問うたセリオの首に両腕を絡ませた大智は、勢いよく彼の頭を引寄せると耳元で言った。
「一晩中、あんなこと言われたら……嫌だって言えない、だろ」
大智の体中に唇を押し当てて、自分の証を刻んでいく。その度に感極まった声で何度も繰り返された言葉。
『愛している……』
大智はその時、セリオから与えられた愛が本物だと知った。本来の姿を晒し、激しく大智を求め、飽くことなく愛を告げる。
狂おしいほどの快感と疲労に襲われ、薄れかけていた意識の中でもはっきりと聞こえたセリオの声。
それを思い出して、嬉しい気持ちと照れくさい気持ちとがごちゃ混ぜになり、つい「バカ」と口走ってしまったのだ。
「――嫌だって言うつもりだったのか?」
濡れた唇を噛んだまま、上目づかいで見つめる大智を試すかのようにセリオが問う。
それでもだんまりを決め込んだ大智に、セリオは優しく微笑んだ。
「どうやら俺の言い方に問題があったようだ。じゃあ……お前が二度と『嫌だ』と言えないようにせねばならないな。その前に、何が嫌なんだ? 俺の花嫁になることか? それとも……セックスか?」
「――わせんな」
「ん?」
「そんなこと、いちいち言わせんなって言ってるの! もう……言えないよ、どっちも」
照れながら顔を背けた大智の頬にキスを落としたセリオは、彼のネクタイを器用に解くとワイシャツの襟元を大きく広げて、露わになった首筋に唇を押し当てた。
チリリとした痛みがあの夜を思い出し、体が即座に反応する。
「……っふ」
「気になってまた眠れなくなる」
「嘘つけ!」
「お前を抱きながらでないと眠れなくなってしまった……。あの夜から寝不足でな」
ニヤリと意地悪げに笑ったセリオを涙目で見据えた大智は、何かを誤魔化す様に自分からセリオの唇を奪った。
舌先を絡めて、その心地よさに小さく喘いだ。
「――嫌じゃ、ない。お前の花嫁になることも……。お前とのセックスも……嫌じゃない。でもっ」
「でも。――なんだ?」
「お前と離れるのは嫌! キス出来ないのも嫌! 浮気されるのは絶対に嫌! それと――」
「ん?」
灰色の瞳が大智を捉え、優しく見つめる。セリオの端正で美しい顔がすぐそばで何かを期待している。
大智は目に大粒の涙を浮かべながら、喉を震わせてその言葉を告げた。
「――死ぬまで愛してくれないと……嫌だ」
セリオは嬉しそうに顔を輝かせると大智を強く抱きしめ、栗色の髪を何度も撫でながら言った。
「当たり前だ。――というか、死なせない。お前は俺が守るから……大丈夫。だから……永遠に愛してやる」
「セリオ……。お、俺も……ずっと、愛していいか?」
「お前に愛されなくなったら、俺は死を選ぶ。俺を死なせたくなかったら、愛せ……永遠に」
「どんだけオレ様魔王なんだよ……。バカ……ッ」
セリオは大智のワイシャツのボタンを次々と外し、すでに硬く尖った乳首にやんわりと歯を立てた。
それだけで大智の股間は蜜を溢れさせ、粗相したように薄いスラックスの生地をぐっしょりと濡らした。
しっかりと芯を持った股間をセリオの大きな手が撫でると、背を反らして「あぁ……っ」と甲高い声を上げた。
その反応に忙しなくスーツの上着を脱ぎ捨てたセリオは大智の白い腹を撫でながらベルトを緩め、濡れたスラックスの前を寛げた。そして、もう一度体を密着させて唇が触れ合う距離で問うた。
「ここでセックスするのは嫌か? お前を愛でるのは嫌か?」
呼吸が荒くなっているのは、セリオ自身に余裕がなくなっている証拠だ。
濡れた下着の上からペニスの形を確かめるように撫でるセリオに、大智もまた顎を上向けて叫んだ。
「い……嫌じゃ、ないっ!」
「このままでするか? それとも本来の姿に戻ろうか?」
「全部……っ。セリオの全部……欲しいっ! あぁぁ……っ」
「可愛い声を聞かせてくれ……。愛しい花嫁……。早く同じものになったお前を愛でたい。だから……その体にいっぱい精を注いでやる」
「ん……。ちょ、だい……。セリオと……同じに、なるぅ」
「あぁ……。愛らしいっ! もう……我慢できない! はぁはぁ……大智。愛しすぎて狂いそうだ……っ」
セリオの理性もギリギリのところだったのだろう。箍が外れたかのように本来の姿に戻ると、待ちきれないというようにスラックスの前の寛げ、目を瞠るほど反り勃った長大なペニスを引きずり出すと、大智のペニスと重ねて何度も擦りあげた。
二人の息が上がる。セリオもいつ暴発してもおかしくないほどに膨らんだ楔の先端を扱きながら、慎ましやかに鎮座する大智の蕾を綻ばせるように愛撫すると、焦れたように大きく脚を広げて腰を突き出す大智。
泉のように次々と溢れる大智の蜜をグロテスクな赤黒い楔に纏わせたセリオは、淡く色づいた蕾に躊躇なく突き込んだ。
「っふ、あぁぁぁぁぁ!」
大した下準備もなくいきなり長大なペニスを突き込まれた大智だったが、その蕾は愛する者の楔の形を寸分違わず記憶しているかのように、薄い襞を目一杯広げ難なくそれを咥えこんだ。
セリオがゆるゆると抽挿を始めると、すぐに卑猥な水音が響き、蕾の入口を潤し動きをスムーズにしていく。
背を反らせ顎を高く上向けた大智の目に逆さまになった夜景が映った。
ガラス越しではあるが、闇に散らかる宝石のようなネオンがいくつも瞬いている。
大智の脚を両肩に担ぎ上げ、露わになった部分に出入りする灼熱の楔。それが根元まで収まった時、大智は声にならない声をあげて絶頂を迎えた。
「ふぅ、ふぅ……あ、あぁ……んあぁぁぁっ!」
最奥の壁を硬い亀頭が突き上げ、その衝撃で下腹部がジンジンと痺れる。
真っ白になった頭の中を更に犯す様に入り込んできたのはセリオの掠れた声だった。
「――もうイッたのか? まだ挿れたばかりではないか」
「だって……はぁ、はぁ……っ。セリ……オの……気持ち、いいからぁ!」
「何が、どう気持ちいいんだ?」
「い……わせ……んなっ!」
薄い唇の隙間から象牙色の牙を覗かせ、真紅に染まった瞳はただ大智だけを見つめている。
ピンストライプのワイシャツにバイカラーのベスト、ネクタイはないが見惚れるほどのスタイル。
でも――頭部に生えた大きな巻き角と、だらしなく膝まで下ろされたスラックス、そして猛り狂った大蛇のような性器は、大智にとってそのどれよりも愛らしい。
「あぁ……愛おしくて堪らないっ」
感嘆の声を上げながら、激しく腰を突き上げるセリオに体を揺さぶられ、時折意識が遠のく。
それでも大智は最愛の男のペニスをきつく食い締めたまま離さなかった。
「も……離れない、からなっ」
「離すわけなかろう……。愛している……大智」
もう聞き間違えることはない。
セリオは大智の目を見つめて何度も極上の愛を注ぎ込む。
静寂だけが広がる夜のワークスペースに、艶めかしい声が響き渡る。
二人の息遣いと愛の囁きは、空が薄っすらと明るくなるまでずっと続いていた。
ともだちにシェアしよう!