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遥とジョンと宝の地図

 バニーガールの衣装を脱ぎ、いつもの襟ぐりに余裕のある七分袖のカットソーとクロップドパンツ姿に戻ると、今度はスコップとスケッチブックと油性ペンとビニール袋を持って庭に出た。  ラーメンどんぶりくらいの大きな白い花を咲かせているタイサンボクの根元にしゃがみ、遥が小さな穴を掘っていると、お隣に住むコリー犬のジョンが遥の気配を察して、塀の下の穴をくぐってやって来た。 「ごきげんよう、ジョン。いいでしょう、この500円玉は遥ちゃんが稜而にもらったのん。遥ちゃんが! もらったのよ!」 「がるるるる。ふんっ!」 ジョンは不機嫌そうに犬歯を見せ、鼻水を飛ばしながらそっぽを向いた。 「これは遥ちゃんの宝物だから、これから宝探しをしようと思うのん。よく匂いを嗅いで、覚えておいてほしいんだわ」 ジョンは素直に500円玉へ顔を近づけ、黒く濡れた鼻で匂いを嗅いだ。 ビニール袋に入れて、タイサンボクの根元に500円玉の部分だけを埋め、口の部分は目印になるよう出しておく。 「これはごっこ遊びよ。うそっこの遊びで本当の宝物を見失いたくないのん。それでも忘れちゃうと困るから、宝の地図も描いておくんだわ」 スケッチブックを膝の上にのせ、油性マジックでぐいぐいと庭の見取り図を描いていく。 「ここがプール、こっちがお父さんの大事な温室、ここからここまでが芝生で、芝生の上に敷石。ここがあずまや。お勝手口の前がママンのハーブ園と家庭菜園。タイサンボクの木はここで、お宝はここ! さぁ地図ができたのん! 冒険の始まりよ!」 遥とジョンは、わざとタイサンボクの木から離れた方角へ歩く。遥が温室の前で目の上に手をかざしてきょろきょろすると、ジョンは鼻を高く上げて匂いを嗅いだ。 「この芝生地帯には、ワニがいるかも知れないのん。ぴょんぴょん石の上だけを歩いたほうがいいんだわ」 「わふっ」 一人と一頭は慎重に敷石の上を歩いて、ようやく芝生地帯を過ぎ、あずまやに辿り着いた。 「これで一安心なのん。日が暮れてきたら、モンスターに遭遇しないように、あずまやで寝るのん」 あずまやのベンチに座り、遥がパタンと横に倒れると、ジョンも床に伏せて目を閉じた。 「おやすみなさい。♪ちゃーらりーら、ちゃっちゃっちゃーん♪ 朝なのん! しゅっぱーつ!」 遥はすぐに起き上がって両手を上げてあくびをし、ジョンは大きなあくびをして上半身、下半身と順番に身体を伸ばした。  あずまやを出てハーブ園と家庭菜園の近くまで来る。ハーブの匂いを遠く離れた場所から嗅ぐジョンと一緒に周囲をぐるぐる見回して、大きな白い花をつけたタイサンボクの木を指さした。 「ねぇ、ジョン。あれがタイサンボクの木かもしれないんだわ! この地図に描いてある絵とよく似てる気がしない?」 「わふっ」 ジョンが先に走り出し、遥もあとを追って走った。タイサンボクの木の下まで行くと、さらに何周も木の周りを走ってから、ジョンが足を止めて、柔らかな土を爪の先で引っ掻く。  遥はジョンの隣にしゃがんで、ビニール袋をズボッと引き抜いた。中にはピカピカに光る500円玉が入っている。 「おーいえー! これは世界に1個しかない稜而王子から賜わったピカピカ500円玉なのん! ジョン、偉いんだわー! わしゃしゃしゃしゃしゃ!」 ジョンも満更ではなさそうで、目を細めて耳の後ろを遥に掻かせた。 「ジョン! どこにいるの? カムヒア!」 隣の家から声が聞こえて、ジョンは四本の足を地面に踏ん張ると、全身を大きく振るう。 「飼い犬稼業も楽じゃないのん。またね、ジョン」 ジョンは呼び声に急かされるように、塀の下の穴をくぐって隣家へ帰って行った。

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