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第6話

 仕事に行って家で恭治を待つ。今までと同じはずなのに、何故こんなに違うのだろうか。 当たり前なこと、在って当然なものは、何故無くならないと大切さに気がつかないのだろう。 僕はソファに座って、恭治を初めて見た日のことを思い出していた。  大学2年の時、僕は鈴木と合コン先に向かっていた。僕は女の子受けがいいから、よく連れていかれた。実際は退屈だけど友達の頼みは断り切れず、その都度足を運ぶ結果になる。  女の子に興味がない僕は、周囲の男子と比べて、がっついていない。それが女の子からいい印象や興味を持たれたりするのが面倒であったけれど、周囲にゲイであることを隠している僕は適当にあしらい続けていた。 「今日はさ、女の子とうまいこといかなかったら、男同士で飲みにいこうぜ。女子調達部の友達ともう一人男がくるから」 「なんだよ、弱気だな。始める前から」  いつもノリノリな鈴木が変なことを言うから僕は戸惑った。 「ん~~なんかさ、合コンも限界を感じているんだよね」 「なんの限界だよ」 「俺って不細工村の生まれなんだって実感したからかな」  僕は思わず噴き出した。 「なんだよ、そんな村あるのかよ!」 「演出家の鴻上さんっているじゃん。あの人のコラムにさ、不細工村と綺麗村では出身が違うからしょうがないって。なんか俺それ読んだらスッキリしてさ~」  鈴木ってたまに面白いことを言うから、結構好きだ。もちろん友達としてだけど。 「いい男友達を作ったほうが、楽しく暮らせそうじゃない?そっちから紹介とかありそうだし」 「付録狙いかよ」  僕はおかしくて笑いながら歩く。鈴木はそんな僕を見てフンと鼻を鳴らした。 「垣内にはわかるまい!」  ゲイの気持ちはわかるか?鈴木。 「じゃあ、不細工村の女子がいたら仲良くなればいい」 「お前わかってないな~不細工村の男は綺麗村の男は嫌いだけど、綺麗村の女は好きなの!不細工村同士でっていうのは最後の手段だ」  僕は本当に可笑しくなって大笑いしながら鈴木にもたれる。 「じゃあ、鈴木は俺を嫌いなわけね?」 「お前のそうやって簡単に自分を認めるとところが憎らしいけど、敵わないって思うわけ!」  子供のように口をとがらせる鈴木を見ていると可笑しさがこみ上げる。今の会話だけでも今日は出てきたかいがあった。僕らは笑いながら店に向かう。  店に入ると相手は先に来ていて、少しだけ待たせてしまったらしい。鈴木が詫びながら席につく。僕はテーブルに所在無げに座る男を見て、目を奪われた。  なめらかな白い肌と対照的な黒い瞳が印象的だ。切れ長ともいえない、かといって大きいわけでもない静かで強い目元。広めな額ときれいな鼻筋が知的な印象を加味している。  不機嫌そうに空を見る瞳に引き込まれた――笑ったらどんな目をするんだろう。  乾いた欲が湧き上がる、この男の本気の目を見たい。この瞬間から僕は夢中になった。  僕達はお互いに読みにくい名前だった。店の紙ナプキンに「諭」と書く。 「これでユウって読むんだ」  サトシ君って読んじゃうね、なんて大げさに反応する女の子達ではなく、テーブルの向こう側にいる目を見つめる。僕の視線を受け止めたあと、僕の名前の下に何かを書きだした。 「俺はこれでキヨハルっていうんだ」  恭治と書かれた文字は、すこし右肩あがりの綺麗な字だった。文字は人なりを表すという通り、恭治の雰囲気と一緒だった。力強いのに綺麗。  ユウ君とキヨハル君だね、とはしゃぐ女の子達の声が遠くに聞こえる。恭治っていうんだ……僕はさらに惹きこまれた。  いつにもまして合コンなんてどうでもよかったし、女の子の存在も忘れた。僕はただ恭治にだけ意識を向けていた。そつなく女の子をあしらう僕と違って、いかにも不器用そうに対応にしている恭治を見て、思わず微笑むことが何度もあった。  時間がきてお開きにようやくなる。 「ユウ君はどうするの?」 名前すら憶えていない女の子が僕に聞く。もうお開きだろ?関係ないでしょ、と言う寸前で飲み込んだ。 「明日ゼミが早いから帰るんだ、俺ら」  鈴木が僕の肩に手を置いて言う。そうだよね、鈴木。男同士で飲みに行くんだろ?僕はそのためだけにこの退屈な時間を我慢したんだから。 「キヨハル君も帰るの?」  今度は恭治に質問だ。女の子って、はっきりしている。 「帰るけど?」  予想以上に冷たい声にゾクゾクした。  何か言いそうな女の子たちと別れて僕達は通りを歩きだした。ポケットの中で渡された小さな紙を握り込む。電話する機会はないだろうから、後で忘れず捨てなくては。 「またしてもだ。やる気のないくせに綺麗村出身が二人もいたんじゃどうしようもないな」  鈴木が突然そんなことを言うから、僕は可笑しくなって笑いだした。恭治が不思議そうな顔で僕らを見ている。 「恭治と僕は綺麗村出身らしいんだ」  いきなり僕に呼び捨てにされて、一瞬戸惑いをみせたあと、射抜くような瞳が突然柔らかくなって微笑みに変わった。もうそれだけで充分だった……僕は恭治に恋をした。  冷蔵庫からビールを出してリビングに戻ると、恭治がクッションに座っていた。時計を見るとまだ22:00すぎ。 「今日は早いね、恭治」  恭治は不思議そうな顔をする。 「そうなのか?最近毎日疲れていて。仕事にいったことも覚えてないし、なんか変なんだ俺。諭と話ししたことは覚えているのにな」  目を覚ますのはまだ先?僕は言葉を飲み込んだ。すべてを台無しにしてしまう気がして。 「さっきまで恭治と初めてあった合コンの日を思い出していたよ」 「随分昔のこと思い出していたんだな」  恭治はクッションを枕にして寝そべる。たしかに重みでクッションは潰れているのに、そこに体温がないことを知ってしまった。でもここにいるのは間違いなく恭治だ。 「恭治はなんで、僕に口説かれた?」  恭治は僕を見て照れくさそうに視線を外す。戸惑ったそのは顔は一気に幼くみえるから僕はこの表情が大好きだ。 「諭と一緒にきた鈴木君だっけ?今日は男友達をつくる会だって最初に番号を交換しただろ。だから逃げられなかったんだよ」  恭治、答えになっていないね。 「そんなの消せばいいだろ?」 「諭、なんか意地悪だな」  僕はにんまり笑って返す。 「だって今まで聞いたことなかったから、知りたいんだ」  恭治の表情が諦めたように変わる。僕が一度言いだしたら聞かないのを一番知っているのが恭治だから。 「別れ際に、いきなり付き合ってくれって言っただろ。俺はびっくりした、とにかく。 同性で恋愛をする人間がいることは知っていたけど、自分にそれが降りかかることなんて考えたこともなかったし」  恭治は起き上がってクッションに座りなおした。 「よくわからないけど、嫌じゃなかったんだよ、不思議だけど」 「そうだったんだ」 「諭の顔かな?」 「顔かよ!」 「じゃあ、諭はどこだったんだよ」 「う~~ん。目かな?」 「パーツかよ!」  お互いの目があって同時に笑い合う。第一印象って顔や雰囲気だもんね。つまらないことを言い合って僕らは幸せだった。 「毎日毎日、電話やメールで『好きだ、好きだ』と言われたら、ほだされるだろう普通。相手は諭だ。整った顔なのに人懐っこい空気を持っている。優しい印象なのに頑固なところもあって言いだしたら聞かないし。とにかく色々な面を持っていて、それを俺の前でさらけ出していた、楽しそうに」  好きになったから僕と付き合おうと言った時の恭治の顔を思い出す。「宇宙人なんだ僕」と言っても、ここまで驚かないだろう。そんな顔だった。                毎日好きだ好きだと言い続けた。しぶる恭治をあちこちに連れだし、色々な話をした。あの時僕は必死だった。思い出すとかなり格好悪い。 「俺は決めてたんだ、諭に……その……キスをされて嫌じゃなかったら一緒にいようと。でもわかっていた。男同士でキスして嫌じゃなかったらなんて想定する時点で、もうそれは心が傾いている。それは俺の最後の賭けだったのに、大負けの結果だった」 「友達になってから実は恭治が好きなんだって伝える方法をとったら、間違いなく失敗するって感じた。友達どまりで終わると思ったし、友達でいる気はなかった。傍にいれば絶対我慢できなくなると。それほど恭治は僕を夢中にさせたんだ。 キスするのにあんなに緊張したことはなかったよ。僕は限界だったし、このままだと恭治に何かしてしまいそうだった。キスして殴られたら諦めようってキスしたんだ」 「お互いに、あのキスが最後の砦だったわけか」  ねえ、恭治。どんなに自分が必死だったか思い出したよ。僕はこんなに色々なことを忘れている。恭治も忘れている? 「最近、諭はしてくれないな」 「恭治もね」  僕はたまらなくなって、恭治のそばに行って頬に手を伸ばす。予想に反して僕の手に恭治の温かさを感じた。恭治への想いで胸がいっぱいになる。視界が曇ったまま僕は唇を重ねた。そっと触れるだけの口付け。唇を離すと、恭治の目も潤んでいた。 「恭治、愛してる。僕は思いだしたから」  恭治はそっと目をつぶった。そしてふっと消えた。  僕の想いは届いただろうか。念じたら、想いが強かったら、恭治のところに僕もいけるのだろうか。そんなことを願ってベッドに入ったけれど、恭治の所には行けず朝を迎えた。  まだ一人ぼっちの朝。

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