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第7話
恭治が入院してから1カ月がたった。
あいかわらず目を覚まさないままに時間がすぎていく。恭治は僕の所に来るけれど、だんだん間隔が長くなり、今は5日に1度くらいしかこない。それに話の内容はだんだん取り止めない内容になってきて、僕を不安にさせた。
土日は病院に行くことにしていたから、今日も瑞希さんに会えるだろう。僕は瑞希さんが大好きだ。口数は少ないけれど、色々な話をしたような気がする。内容が深いからかもしれない。芯がしっかりしているのに霞がかったような人。
「恭治、僕の声は届いているのかな?」
頬に触れてそっとキスをする。僕はあの日から、恭治に必ずキスをした。目覚めることを期待して。いまだに叶っていないけれど。
「今週のキョウも元気だったかしら?」
「ええ、といっても1日しか来てくれませんでした。今週は」
「そう。諭君から聞いてあげてくれるかしら?」
「え?何をですか?」
「たぶん、一番聞きたいことを聞けずにグズグズしてるんだと思うのよ。あんまり眠りっぱなしじゃね」
「やっぱり瑞希さんは僕よりずっと恭治のことを理解している」
瑞希さんは片方の眉をあげて僕に笑いかける。否定と肯定が両方ある返事が返って来る時の表情。
「諭君、私の知らない事をあなたは知っている。それは私も同じ。私はキョウと似ているからなんとなくわかるのよ」
瑞希さんと二人で恭治の体を動かす。いくらやっても、寝たままでは恭治の体はどんどん細くなってしまうだけだ。このまま消えてしまいそうな恐怖を握りつぶしながら腕を取る。
「キョウ、これ以上私たちを困らせないで。あんまり時間をかけたら諭君に愛想つかされちゃうかもよ?」
瑞希さんがそんなことを言うから、僕は笑ってしまった。
ありがとう瑞希さん。僕は今度恭治が現れたら聞いてみます。何故、こんなことになったのかを。
「ねえ、諭君」
僕は瑞希さんの声で、もの想いの時間から戻った。
「喪失感」
「喪失感?」
瑞希さんは静かに僕の顔を見ている。でも僕を突き抜けて違う場所を見ているような不思議な視線は、瑞希さんが何かを僕に伝えてくれる時。
「変な話しだけど、女性には生理があるじゃない?」
突然の内容にいささかたじろぐ。いったいそんな話を何故僕に?
「びっくりさせちゃったわね。変な意味ではないの。女性は排卵をしていつでも受精できるように準備を整える。でもそれが必要とされなかったら身体の外に流し落とす。女性は毎月決まって、自分の生み出さなかった命を流すのよ」
「瑞希……さん?」
なんだか怖い。何を僕に言いたいのだろう。いたたまれない、居心地が悪い。僕は動くこともできずに、瑞希さんの視線を捉えようと彼女を追ってしまう。
「なんていうのかな、女性は潜在的な喪失感を知っていると思うの。だから母という形になれた時、母性という強いものを持つんじゃないかしら。喪失の意味を知っているのに流れゆく諦めを知っているから」
「ええ……と」
「私が言いたいのはね、諭君も恭治も本能的な喪失感を知らないの。だって精子に喪失感は覚えないでしょ?
たぶんね、そこが男と女の根本の差だと思うのよね」
言葉につまる。そんなこと考えたこともない。
「諭君はキョウを待っている。キョウは怖いのに、それでも諭君に会いに行く。
やっぱり男の子はロマンティストねって思ったのよ。失う諦めをしらないから、きっとこんなことができるのね、私にはできないわ」
少しおどけたようにほほ笑む瑞希さんをみて、僕はなぜか安心した。過去に別れだって経験している。心を許した相手を失う意味も知っている。
でも喪失感を身体から流し落とすなんてことは想像できない。
だから、僕は女性に惹かれず、「喪失感」と「諦め」を知らない存在=同性を求めてしまうのか?互いを失うかもしれないという恐怖を「愛」という中に閉じ込めて抱きしめ合う。
異性愛のようにない物を補い合うのとは違う。二人とも同じものしか持っていないからこそぶつけ合って確かめ合う。二人しかいないことを……二人だけの絆を。
「瑞希さん、喪失感を体現していない僕達は……互いの想いが永遠に続くと本気で信じられる。そういうことですよね?」
瑞希さんは満足そうにほほ笑んだ。
「そうね、だから諭君を好きになったんだわ、キョウは。そんなことを正面きって私に言うくらいだもの。だから諭君を信じたのね」
クスクス笑う瑞希さんと一緒に笑いながら僕は、コトリと何かが心に落ちたような気がした。異性という違う性を求めることが普通だと知っている。でも僕は瑞希さんの言う「喪失感」を知らないし、体感もしていない。それを欲しいとも思わない。
そうなんだ、僕は同じように失う諦めをしらない存在である同性を求めるんだ。そう考えたらとても落ち着いた。初めて自分が欠陥品ではないと思えた。
僕は前に進める。自分を恥じる気持ちが少し小さくなった気がした。
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