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第6話 欲張り

 湿気た律の髪を指で梳くと幼子のようにイヤイヤと首を振る。その姿がいじらしく、烈は何度も何度も左手で律の髪を梳く。 「も、良いからぁ!」 「まだでしょ? 律、コレも好きだもんね?」  細い律の腰を抱き込み、まろい臀の間で烈の指が蠢く。その手の甲を湯ではない粘った液体が伝い落ちてゆく。 「ココ、好きだよね」 「っあ、んん、ヤバい、好き……好き、もっとグリグリってして」  熱に浮かされたように律がヤバい好きだと繰り返す場所を人差し指の腹で優しく摩る烈の首に律は半泣きで噛みついた。  痛みなどない。戯れる子猫の細い牙の方が痛そうだなと烈は思い、ガジガジと噛み続ける律はたいそう可愛らしく烈の目に映った。 「れ、つ、今日、意地悪だ……俺がアイツらに捕まったから? でもヘンなことされなかったよ?」 「されてたら、アイツら死体だよね」 「それに俺だって強いよ?」 「知ってる……俺が怒ってんのは……ごめん、俺にだわ。律を一人にした。油断してた……ごめん、これ八つ当たりだ」  だったら! と律が烈との距離をどうにか取ろうともがく。秘部から指が抜けた衝撃でポロリと大粒の涙を零した律は身を返して壁に手をつくと、自ら臀を割り開いて烈に晒して見せた。 「じゃあ挿れてよ! 早く抱けよ! それともまだアイツらの臭いがする俺は汚いかよ!?」 「アイツらの臭いなんて一瞬で消してやるよ」  急速に広がり浴室を満たす烈のフェロモンに感化され、律の後孔がいやらしくひくつきとろりと透明な体液が糸を引く。  壁に肘からべったりとくっつけた律は耳まで赤くして顔を隠す――その口元は美しく弧を描いていた。拗ねた烈は少々ねちっこいし、意地悪なのだ。今日のことでこんな風に焦らされるのは律にとっては想定内のことであった。だからこれで、これだけ煽れば……欲しくて欲しくてたまらなかったモノがもらえる……律はすぐさま来るであろう衝撃と快感に備えて、自らの腕に噛みつく。 「んう!」 「っは、やべ……挿れただけでイきそ……」  指とは比べられない熱さと質量の烈のモノに挿し貫かれる感覚は何度繰り返してもたまらない。はふはふと乱れた呼吸を正す暇もなく、しっかりと腰を掴んだ烈が肌をぶつけてくる。理性を捨てた獣のような独占欲の表し方が律は好きだった。いつもの、副作用を気にして避妊薬(ピル)を飲まずにすむようにゴムをつけてベッドで抱いてくれる烈ももちろん好きだ――でも、あんなことがあった今日くらいは脇目も振らず一心不乱に自分を求めて内側からマーキングして欲しい、と律は思う。 「律? ()い?」  何度も腕を咥えたまま頷く律の首筋に確かめるような動きで烈の舌が這い回る。 「そう? なんか考えちゃって、余裕そうじゃん」 「んなこと、ない! きもちい、すごい、奥……好き、もっと」 「く、っとに……エロすぎじゃね? ココもコリコリしててさ……ベッドでなら噛めたのになぁ」    のけぞり、震える律の身体はそんな烈のヤジと恨み節にすら反応し、体内に取り込んだ烈をぎゅうと締め上げる。 「ひゃんっ!」 「かわいー、律。摘まれてもそんな声出ちゃうんだ」  充血しぷくりと膨れた乳首を、痛みの一歩手前の強さで爪に挟んだり器用に人差し指で転がす烈はたいそう楽し気で、その執拗な責めから逃れようと律は涙目で振り返った。 「やっぱイジワル! あとで痛くなるからあんまり乳首弄んないで! 弄るなら平等に弄って! んでちゃんと奥ゴリゴリして! あとキス!」  矢継ぎ早に飛んでくる律の淫らな要求の多さに思わず烈は吹き出した。  全部を同時にはできないよ、と告げるとほんの少し律の唇が尖る。そうなることを見越していた烈は笑いながら腰を更に突き挿れると同時に小鳥の嘴になり損ねた律の唇を塞いだ。  不自然に首を捻り今にも崩れ落ちそうな律の身体を気遣い、一旦唇を離した烈は震える律の片脚の膝裏に腕をかけ、持ち上げると律の言う奥をグリグリと押し突き、律を啼かせた。 「射精()るまで止まんねぇから……ぶっ飛べよ? 律」 「あ、ん、うん、うん……いっぱい出る?」 「そりゃ出るっしょ」    孕ませたいと本能が疼く。孕みたいと本能が叫ぶ。  そこには血の繋がりだとか、山岡や政府の思惑などは一切存在しない。  湿度の高い浴室で、一心不乱に腰を振り粘った音と濡れた吐息に感じ入る二匹の獣がいるだけだった。  くぐもった喘ぎ声と抑えきれなかった高い嬌声。髪を振り乱し空に散るそれは髪が含んでいた水なのか止まらぬ汗なのか。  既に片手では足りぬほど達し、必死に射精を促す律の胎内の蠕動に押し負けに押し負けた烈が叫ぶ。 「律、奥だな?」 「そ……いっちばん、いっちばん奥……早く、来いよ……」  目の前でゆらゆらと上下する律の剥き出しの項:(うなじ)にある古い噛み痕――番契約完了の証――に齧りつき、烈はお互いが望む最高の場所で己の欲望を爆発させた。 「あ、ん、もう……いつも噛むんだから……地味に痛いんだぞ、次の日とか!」    こぽ、と音が聞こえてきそうなほどキツい締めつけからゆっくりと半身を抜くと、律は満更でもなさそうな濡れた目で烈を流し見ながら文句を言う。へたり込みそうな律を支えながら、床を温めているだけだったシャワーを取って、さすがに冷えかけている律の身体に湯を浴びせる烈の息は未だ上がったままだ。 「地味に痛いのは俺だって知ってるって……風呂上がって飯食ったら……次は律が俺を抱くでしょ?」 「もちろん! アイツらに精神的に汚染されたのは同じだからねってのは言い訳だけどさ。抱くよ。んで、やっぱ、きっと俺も噛みついちゃうんだろうけど……仕方ないよね」  タオル取って、とねだる律からはもう烈以外のアルファの匂いは消えている。  それが本人にもわかるからこそ、迷いなく汗と体液で汚れた身体を洗い流そうというのだ。 「律の方が絶対強く噛んでる気がする」 「そかな? 同じくらいじゃない?」 「えー? 初めての時なんか、俺首からめっちゃ血ぃ出たじゃん」 「まだ言う!? てか、俺だってダラダラ大出血だったじゃん?」  ついさっきまでこの場で声を殺し身体を繋げていたとは思えぬほど二人はポンポンと軽口を叩き合う。  番契約で項を噛まれるのはオメガ性のみであって、最初の一度噛まれてしまえばそれで両者の間には番としての目には見えない繋がりが生まれる。それを愛と呼ぶか、隷属と呼ぶかは人それぞれなのだが、いささかこの二人は違うようである。  身体を重ねる度、必ず噛んでしまうのだ。項に牙を立て、愛しい相手の胎にありったけの精液を流し込むまでが二人にとって当たり前の性交渉であった。 「ね、血ぃ出てない?」 「んー? ちょっと滲んでるかもだけど……」 「ズレは?」 「ない! 自分でもびっくりするけど、何回噛んでも毎回一ミリのズレもなく律を俺のモノだって主張してる」 「わーらーうーなーって、まあ俺もぶっ飛んでてもズラしたことないし、やっぱ」    烈のつけた噛み痕を指先でなぞり確認する律の唇から歌うように溢れた言葉に、烈は目を細めて同意のキスを送った。 「他の人は知らないけどさ、アルファでオメガでキメラな俺達はさ、欲張りだよね……何度だって刻み込むのを止められないのは、もう理屈抜きだよね……だって烈は母さんの胎の中にいる頃から俺の運命じゃん?」

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