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だから早く、とどめを刺してくれ

「――もしも赤ちゃんさえ出来ていなければ」  体が近付いたから、トーンを落として声を出した。思ったより掠れてしまったのは、緊張しているのか。 「俺が誰かを抱いてても、豪は俺との関係を続ける? 一緒に暮らす?」  もしも、もしもの話だ。実際には他の女どころか小野さんとも職場での関わりしかなくて、それ以前に誰かを抱きたいなんて感じたこともない。感じたとして、相手がいるとも思えない。  自嘲を含んだ笑みに引きずられて、声が震えた。  束の間迷ったように視線が揺れて、それから豪は息を飲んだ。 「待て、琉真。それだけは駄目だぞ。中絶なんて絶対許さない」  過去に何かあったのか、やけに強い口調で言われて、身動きできないままにまた微笑む。 「もしもの話。豪は、どうしたいんだ? 今みたいに週末だけ泊まりに来る? この先ずっと。俺かお前が結婚するまで――或いは、結婚しても」  お前が欲しいのは、俺の気持ちじゃなくて、体ですらなくて。気持ちいいことしたいなんて言ったくせに、ちゃんとした愛撫もさせてもらえない。それなのに、好きでいることをやめるな、諦めるなって言う。 「なんなの、お前。ばっかじゃねぇの……俺のことなんて斟酌しないくせに。好きになってくれるわけねえのに、好きでいるのを止めるななんて」  もういいって、意味もなく落ち着いたと思っていたのに、こんなに悲しい。まだ好きだ。ずっと好きだった。きっとずっと好きだ。  いつも俺を誘惑するときと同じように馬乗りになった豪が、瞠目した。膝を突いているのは床だし体重を掛けられているわけじゃない。襟だけを持たれている俺の肩が震えて、生暖かいものが外耳を濡らしてその部分が冷えていく。 「琉真――」  くっと喉を鳴らして、豪が顔をしかめた。逸らせない。目を離したくない。どんなに見込みがなくても、ほんの僅かな可能性にでも縋っていたくて。  だから早く、とどめを刺してくれ。  顔だけそっぽを向いて、流し目で見下ろされる。ふう、と吐息を横に逃がしてから、豪はまた俺に向き直った。 「琉真なんて、口でいくら好きだの愛してるだの言っても、ホントは俺のことめんどくさいとしか思ってねえくせに」  ぼそりと声が落ちてきて、俺は目を瞬かせた。逆光で見づらいけど、くしゃりと顔を歪めて、豪が泣きそうな雰囲気を醸し出している。 「思って、ない」  なんだってそっちに行くんだ。  問いに答えるでもなく言葉を紡ぐ豪は、いつになく切羽詰まった表情で拳を握っている。襟元から手が引かれて、支えを失って俺は頭を下ろした。 「だったらっ!」  再び襟首を掴まれて、揺さぶられる。 「なんで、最初から諦めてる! 勝手に志望校変えてから告るなんて卑怯だ!」 「でも結局同じ高校通ったじゃん」 「俺がぎりぎりで変えたからだろ。おばさんから聞かなかったら、入学まで気付かないとこだった」  中学の卒業式より入試が後で。俺は豪や友達に告げていた志望校とは別の学校に願書を出していた。  豪が、俺の気持ちを受け入れる可能性なんてこれっぽっちもなくて、だけど告白しなきゃどうにもならないくらいにいっぱいいっぱいで。どうせなら当たって砕けてから試験を受けて、受かろうが落ちようが別々の学校だから、三年間少なくとも校内でだけは心穏やかに過ごせると自分に言い聞かせていたんだ。  だけど、いざ入学という日になって、俺と同じ制服に身を包んだ豪が、朝迎えに来た。あの時の衝撃は、今でも鮮やかに思い出せる。 「……なんで、豪」  入試当日に気付かなかったのは、豪の方が俺から隠れていたかららしい。もう一つ別の学校も受けていたから、そっちに変えられるとヤバいからだろう。 「ずっと一緒だろ」  自信満々で目を細めた豪が、にっこりと笑った。朝日が横から差し込んでいて、当たり前のように腕を引かれたっけ。 「でも、結局、俺の願いは叶ってない」  一瞬の内に通り過ぎた思い出は鮮烈で、その時の胸の痛みも引き連れてきて。だから、顔をしかめてしまう。  相変わらずガラスを叩きつける雨は容赦なく、油断すると相手の声を聞き逃してしまいそうだ。互いに視線を絡ませて、音を拾えなければその唇から、表情から、意図を汲み取ろうと集中する。 「それでも、琉真は俺のものだ」  傲然と言い放ちながら、ぐいと上半身を起こされる。長座の姿勢の俺をまたいだまま、真っ直ぐに俺を見つめる豪。 「同じように――」  ふい、とまた豪が顔を逸らす。それから、屈んで耳元に口が寄せられた。 「俺は、琉真のものだ」  だから――と続ける豪の腰を力任せに抱き寄せて、今度は俺から耳に口を寄せる。 「ホントに、俺の?」  信じられない。離れるなとか諦めるななんて言われたって、豪は俺を選ばないと思ってた。  飄々として掴めない豪だけど、軽くても嘘は吐かない。良くも悪くも正直なのは知っている。だけど……これだけは信じられない。  声は勿論、力を込めていてすら、腕が震えているのが判る。 「豪……ごうっ」  なんだよと囁いて、苦みのある声が俺を呼ぶ。 「お前が言うような、恋人とか、そんな言葉じゃ表せない。琉真が俺の唯一だから……俺から離れるなよ」 「なんだよそれ……結局俺ってなんなの……」 「だから、そういう名詞じゃ括れないって言ってるだろ」  訳わかんねえ。なんかいいように言いくるめられてる気がする。だけど嬉しすぎて体の震えが止まらない。 「俺が何しても、離したくないんだ?」  少し力を抜いて、手のひらをシャツの裾から差し込み背中に沿わせた。びくりと強ばったまま、そっと豪が吐息する。 「ま、そーゆうこと、だな」 「それって愛じゃねえ?」 「執着だろ」 「いいや、愛だね」  思わず笑みが零れてしまう。  そのまま手のひらを動かしていく。しっとりとした肌は少し汗ばんでいて、慣れた豪の匂いを堪能するように、首筋に鼻を埋めた。 「豪……俺に愛させて」 「愛されてるのは知ってる」 「じゃなくて」  好きだとか愛してるとかそういう気持ちのことじゃなくて。 「抱かせて。ちゃんと」

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