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第2章-1 オフェリア(12 years old)
1415年・光の月。
900年程前に一晩で突然滅びたと言われる、ゼクフィーゴ大陸北部にあったマルシエ共和国。その城下町であった廃墟からほど近い、深い森の一角で幼い子供が光に囲まれていた。
召喚の力を持つ者なら、その光が森の精霊達である事がわかるだろう。
『リアー、今日は何の葉っぱ探すの?』
茶色の髪と瞳を持ち、深い緑色の肌を持った体調50cm程のモミの木の精霊が、子供…リアのキラキラと輝く長いプラチナブロンドの一房を小さな手で掴み、下から、くいっ、と軽く引っ張りながら聞いた。
「…コーネル、の葉。」
『コーネルかぁ。アレなら多分金木犀の子達が知ってると思うから、後で聞きに行こ。他には?』
「…蜜。……ネルア。」
『ネルアなら私、あるとこ知ってるー。教えたげるねー。』
『僕だって知ってるよー!リアー、僕達が案内してあげるからねー。』
答えたのは、薄ピンクの髪と瞳に、薄い緑色の肌をしたスイトピーの精霊達だ。
体調は40cm程で、モミの木の精霊より少し小さいが、背中に小さな羽が生えており、くるくるとリアの周りを飛び回りながら、楽しそうにしている。
それに対してリアの答える言葉は短く、声にもあまり抑揚が無い。
更に言えば、体も小さく表情も殆どないので、パッと見、人形のようである。
だが、間違いなく名工による極上の人形だ。
キラキラと輝きを放つ、腰まで真っ直ぐ伸ばされたプラチナブロンドに、夜明けを告げる空の様なアメジストの瞳は、大きく綺麗なアーモンド型。
柔らかく滑らかな頬と、白い顔の中そこだけ薄っすらと色付いた小さな愛らしい唇。
雪の様に真っ白で華奢な長い手足には無粋な傷痕は勿論、黒子1つ無い。
それらが至上のバランスで配置され、幼いながらも、この世の者とは思えないような絶対美を形成していた。
精霊達は、個体差は若干あるものの、元々綺麗な物が大好きである。
そんな性質を持つ精霊達が無条件で魅かれ、何とかその役に立ちたいと、リアが森に入る度、嬉しそうに寄って来るのだ。
特に初めて森に入った頃はその数が凄く、精霊達に囲まれ身動きが取れなくなってしまう事もあった。
しかしある時を境に、彼らなりのルールを決めたらしく、その後はリアが森へ入っても、寄って来るのは毎回交代で3~4体になった。
今日はモミの木とスイトピーの精霊達が案内役らしい。
精霊達の案内により無事、コーネルの葉とネルアの蜜を手に入れたリアが、森の入り口付近まで戻って来たのは昼を大分過ぎた頃だった。
森の入口には「迷いの森・入るな、危険!」と書かれた案内板がある。その看板にもたれて座り、腕を組んで両足を投げ出した姿勢で眠る青年の姿があった。
リアより2歳年上で、「自称・リアの兄貴分」のライナー・クランツだ。
まだ14歳の少年のはずなのだが、彼ら一族の成長はとても早く、
また元々とても大きい種族であるため、とても14歳には見えなかった。
リアが近付くとライナーはパッと目を開け、立ち上がる。
「遅かったじゃねーか!まーた、チビ精霊達に捕まってたんだろう?」
ケガなどしていないか、リアの全身を素早くチェックしながら、ライナーは自分の胸よりもやや低い位置にあるリアの小さな頭を、乱暴に撫でてやる。
リアは嫌がるでもなく、されるがままだ。
「…で、採れたのか?」
頭に手を置いたまま、少しかがんでリアと目線を合わせながら問いかけると、無言のまま収穫籠と蜜ビンを渡される。
中を確認したライナーは、
「えらいぞ、リア、今日も完璧!それじゃあ帰るか。」
と、満面の笑みを浮かべながら蜜ビンを籠の中に入れ、籠はそのまま自身の右肩にかけ、左手でリアの手を取り歩き出す。
その繋がれたライナーの左手をよく見ると、手首から肘辺りにかけて、小さな鱗のようなものが生えている。
透明で肌の色と同化しているため、よく見ないと分からないが、それは確かに鱗である。
また、髪と瞳も鮮やかなブルーで、瞳はともかく髪色や鱗は、普通「人」にはあり得ない物だ。
約6年前のマーレ村消滅後、リアを背に乗せたペガサスが向かったのは、ゼクフィーゴ大陸の最北端、旧マルシエ共和国の城下町跡だった。
そこには絶滅したと伝えられる、古くは幻獣達の血を引くマルシエの末裔達が、たった6人でひっそりと暮らしていた。
大人の姿は無く、見た目22~25歳位の青年達が3人と、残り3人はまだ幼い子供だ。
末裔達は皆、突然現れた聖獣に驚いている様子であったが、ペガサスの背で眠る人の子供らしき姿を見て、更に驚く。
上位聖獣であるペガサスが、その背に人の子を乗せる等、普通では考えられないからだ。
ペガサスは、驚きに目を見張る末裔の子供達を静かに見つめ、そこへいる全員へ心話で話しかけた。
『遠く我が眷属の血を引く末裔達よ、我が主の家族となり、また、友となってくれませんか?』
第2章-1 END
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