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第2章-2 Side:ライナー(14 years old)

あれから6年。 年齢が近かった事もあり、俺ライナー・クランツは、仲間達の中ではリアに一番近い位置にいる。 自分達のボス、キリエ・クランツにリアの教育係りに任命された事もあるが、たとえ教育係りにされなくとも、自ら進んでリアの面倒を見ていただろう事は確実だと思っている。 俺は半魚人の聖獣・イプピアーラの血を継ぐ一族の末裔だ。 リアのその宝石のような美しい瞳が向けられた瞬間、当時まだたったの8歳だった自分にも何故かはっきりとわかった。 “これは自分が大切に守ってゆくべき存在だ”と。 理屈ではなく、本能がそう告げていた。 それは俺だけではなく、聖獣サンダーバードとサテュロスの血を継ぐキリエ兄も含め、仲間全員が同じように感じていることは明白である。 なぜそう思うのか、理由は分からない。 唯一理由を知っていそうなペガサスは、キリエ兄が問いただした際、  『…いずれは全てをお話する時も来るでしょう…。でも今は…』 そう言ったきり口を閉ざした。 そのペガサスと言えば、まだ幼い召喚主であるリアの負担にならぬよう、その姿を本来の姿の5分の1位の大きさ(体長:約120cm)に変えてはいるが、この6年、リアの傍を離れた事は1度も無い。 現に今も、リアの左側にぴったりと寄り添い歩いている。 時々甘えるようにリアの小さな掌に頭を擦り付ける姿は、上位聖獣のくせに何だか犬のような印象を受け、聖獣はとても神聖な生き物だと教えられて育った俺にとって、実はちょっと衝撃的な姿だ。 改めて思い返してみると、この約6年間、俺達はリアに家族だと認めてもらうために本当に必死だった。 今でも十分小さいが、6年前のリアは6歳だというのに本当に小さかった。細すぎる体には肉など全く付いておらず、体重も当時4歳だったカルト・バルエよりも軽かった程だ。 加えて、何も喋らない子供。こちらが何を聞こうが話そうが、全くの無反応。 けれども、どうしても心魅かれずにはいられない不思議な子供。 “何とかして声が聞きたい”その思いは募るばかりだった。 ペガサスとだけは、時折心話で何か話しているようだった。 だが俺は勿論、他のメンバーは会話どころか、まともに顔を見てくれる事すらなかった。 もしかしたら心自体が無いのかもしれないと思ったほど、リアは全てに無反応、無関心だった。目の前に出されたお茶ですら、ぼんやりと見ているだけで、ペガサスに心話で何か言われるまで、全く手を付けようとさえしなかった位だ。 そんなリアの事を、キリエ兄や他の年長組達はもちろん、年下組もとても心配していた。 ペガサスがリアの事を「我が主」と言っている以上、召喚士である事は間違いないだろうが、こんなに幼い時から上位聖獣であるペガサスを従えているのは、尋常ではない。 ペガサスにしても、リアの家族となり友になって欲しいと言いながら、リアの事に関しては何も語らない。その状況から、キリエ兄が、 「語らないのは語れない理由があるのだろう」と言い、ならば無理に聞き出す事はやめ、“焦らずゆっくり家族になってゆこう”と全員で決めた。 だが実際問題、リアの誕生日すら知る事が出来ないのはキツかった。 だから俺の発案で、リアの誕生日は暫定的にリアがやって来た日、すなわち雷の月・24日という事になった。 そうして時は少し流れ、リアの2回目の誕生日会を開いた翌日のこと。 今でもはっきりと覚えている4年前の雷の月・25日。 その日は朝食後すぐに、俺とリア、そしてクレアとカルトの4人で、年少組に任されている仕事の1つである風呂掃除を始めた。 俺達が住処にしているこの建物は、元々が宿屋だった場所だ。 だからここの風呂場は大人が10人くらい入っても余裕があるくらいデカい。 しかも洗い場も5つあり、掃除をするとなると子供にとっては中々の労働だ。 リアは相変わらず無表情で一言も喋らないが、教えた仕事はとても真面目にこなした。 ペガサスは邪魔にならないよう、天井付近に浮かびながらも、黙々と仕事をするリアを優しく見つめている。 今日リアが付けている髪飾りは、俺たち家族からの誕生日プレゼントだ。 おそらくメイテ姉に付けてもらったのだろう。 髪飾りはリーフモチーフのシルバーの土台に、ピンクの小ぶりなサンゴが花の様に幾つも散りばめられたデザインになっている。 全て俺たちの手作りで、デザインはメイテ姉とクレア、サンゴ集めが俺とカルト、そしてサンゴの細工をしたのがクロス兄で、シルバーでリーフ型の土台を作ったのはキリエ兄だ。 ちなみに、家族と言っても、俺達6人は下の2人を除いて、血の繋がりは無い。 特に、キリエ兄と、聖獣ルー・ガルーの血を引くクロス兄と、俺、全員ファミリーネームが“クランツ”ではあるが、それは、クロス兄と俺はまだ生まれる前の卵の頃に、親と死に別れており、ファミリーネームを確認できなかった為だ。 卵の俺らを保護しれくれたキリエ兄の親父さんが、これから家族になるのだからと、クランツの名前をくれたそうだ。 そんなキリエ兄の父親も、俺がふ化するずっと前にあった魔物襲来時に亡くなっており、俺は事実上2人の父を、生まれる前に亡くしている。 俺達渾身のその髪飾りは、リアのキラキラ輝くプラチナブロンドにとても似合っていた。 上出来なソレを満足気に見ていたら、急に頭上から バシャーッ! と大量の水が降って来た。 俺の長めの前髪は頬にベッタリ張り付き、シャツもズボンもびしょ濡れだ。 そんな俺を見て、犯人のバルエ姉弟達が大爆笑している。 俺はしばらく茫然としていたが、やがてフルフルと怒りが湧き出し、いたずら好きなチビどもに鉄拳をくれてやろうと腕を振り上げようとした瞬間、それは起こった。 いつの間にか隣に来ていたリアが、俺の左前腕辺りに、小さな掌で、ぴと、と触れたのだ。 驚いた俺はリアを見るが、視線は合わない。リアの視線は一途に俺の前腕に注がれている。 「…リア?」 呼びかけてみる。 しかしいつも通り、リアからの反応は無かった。 だがその日は、そこからが違った。 たっぷり1分は俺の左前腕を凝視していたリアが、おもむろに顔を上げ、俺をジッと見た。 そして、 「……あ、お…?…」 「!!!」 「!!」 「!!」 驚き過ぎて、すぐに声は出なかった。チビ2人も固まっている。 そんな俺を見ながらもう一度、 「…あ…お……?…ひら、…ひ、ら……?…」 そう言いながら、俺の手首から肘にかけて生えた小さな鱗を撫でるように触っている。 何度も夢に見るほど聞きたいと思っていたリアの声。 その声はたどたどしくも、想像したどんな声よりも美しく、透き通っていた。 「…くっ……。そっ、そうっだよっ…、おっ俺は半、魚…ッ、のっ…末裔でっ、だっ、…だから濡れ、るとっ……うっ…、ひっくっ…」 俺は何が何だかわからない位の大きな衝撃と感動に襲われ、涙が次から次へと溢れ出し、まともに喋る事ができなかった。 チビ達2人はもうとっくに大泣きしている。 リアはどう思っているのか、突然泣き出した俺達3人を、ただジッと見ていた。 後から考えると、実は少し困っていたのかも知れない。 そのうち、チビ達の泣き声を聞きつけて、キリエ兄がやって来た。 「どうしたんだ、一体?…ライナー?」 キリエ兄に聞かれても、俺は答える事が出来ない。 代わりと言うように、リアがキリエ兄のチュニックの裾辺りを、そっ、と引っ張る。 「…きり、え……に、い…?……め、……の、み…ず…、………いた、…い………?」 多分それで全ての事情を察したキリエ兄は、その切れ長の瞳を一瞬大きく見開き、驚いた顔をしたものの、すぐにリアを優しく抱き上げ小さな頭を撫でてやっている。 「痛くない、大丈夫だ。あれは、嬉し涙だ。リアが話してくれたのを喜んでいる。…私もとても嬉しいよ、リア。」 「…な、み…だ…?」 「そう。目から出る水の事は、涙、と言う。…これからは少しずつ言葉を覚えていこう。」 その日から更に4年。 この間、SS級の魔物の襲撃があったり、その時初めてみた上位聖獣の本気の攻撃力にキリエ兄ですら、驚いていたり。 メイテ姉は、リアのキラキラの髪を毎日セットするのが、至上の楽しみになったし。 クロス兄は、単純に綺麗な生き物であるリアを、文字通り猫可愛がりしているし。 チビ2人も、どっちがリアと一緒に寝るか毎晩揉めるくらいには、リアに懐いている。 そしてリアは。 本当に少しずつではあるが言葉を覚え、12歳になった今では、短い会話が成立するくらいにはなった。 また、極々稀にではあるが、その表情がわかる時がある。 更に最近では、リアから呼びかけてくれる事もあったりして。 …こんな風に。 「ライ、ナー、つ…いた、…ほー、む。」 「うおっ!?いつの間に!わりぃ、何かぼんやりしてたよな、俺。」 「……?」 ははっ。 まだまだ意思の疎通は難しい面もあるが、確実に俺達とリアの関係は前に進んでいる。 家族になれる日は必ず来ると、キリエ兄やメイテ姉も口癖のように言っている。 当面の目標は、リアの笑顔を見る事、だ。 その日はきっと近い…はず。 Side:ライナー(14 years old)END  

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