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第2章- 3 Side:キリエ(202 years old)

大陸史:1409年。 私にとっては、ただの伝承でしか無かった「真の姿の聖獣」に初めて出会った。 勿論、私自身が聖獣と交わった人間の一族の末裔であるため、聖獣の存在は知っていたし、実際に鳥の姿を模した姿の聖獣等は見た事もあるが、“真の姿”をした聖獣に出会ったのは、生まれて200年以上経つが、初めての事だった。  そもそも、大陸史520年頃を境に、聖獣達は人の前には犬や猫、鳥等に似せて擬態した姿で現れ、その全き姿を人にはもちろん、私達眷属にすら見せなくなったのだと、今は亡き父に教えられていた。 そのきっかけになったのが、人と聖獣の国、マルシエ共和国の滅亡だ。 マルシエ共和国は、大賢者・ファルシオンと共に世界を巡り、魔王・グレンダークを封じた5英雄の一人で、剣王・マクフェルの母国でもあった。 ただ魔王封印後も、マクフェルはマルシエに戻ること無く、魔物に国を滅ぼされ、焼け野原となった荒野で、行く当てもなく絶望していた者達の為に力を尽くす事を選んだ。 剣王に勇気と希望をもらった人々は良く働き、間もなく焼け野原には町が出きた。 町は見る見る発展し人口も増え、多くの産業が生まれた。 やがて1つの国となり、後に4大国の1つ、レイゴット帝国と呼ばれることとなる。 そしてその初代国王こそ、剣王マクフェル・クランツであり、私、キリエ・クランツの血縁者でもある。 更に。 皮肉にもそのレイゴット帝国こそが、約900年前、マルシエ共和国を滅ぼした元凶なのだ。 そう、レイゴット帝国は、マルシエを文字通り“滅ぼした” マルシエを自国の支配下に入れる訳でもなく、とにかく国中の者達を皆殺しにしたのだ。 勿論普通に考えれば、ただの人間風情がどれだけ束になろうと、聖獣や聖獣の血を引く者達に叶うわけがない。 だがずる賢い人間どもは、羊の皮をかぶって“良い人間”を演じ、マルシエの王を信頼させ、ふ化前の卵が保管されている「誕生の間」に入り込み、卵を人質に取った。 手も足も出せない聖獣達に、召喚契約を無理やり結ばせて支配した後、その聖獣達に命じて、マルシエに住む者達を殺させた上、彼らの見ている前でふ化前の卵を破壊したのだ。 召喚術で支配されていたとは言え、愛する者達を自らの手で殺し、その愛しい卵すら目前で破壊された聖獣達は、最後には闇堕ちして魔獣化し、契約の鎖を自らの命をもって断ち切り、レイゴット帝国の召喚士たちを皆殺しにした後、消滅したと言う。 この事がきっかけとなり、マルシエ以外の人間界にいた聖獣達は人に絶望し、殆どの聖獣は幻獣界へ帰って行った。 例え、力ある人の子に召喚され人界へ来たとしても、それは仮の姿であったり、光の固まりの様にしか見えなかったり、…とにかく人に対し、真の姿を見せる事をしなくなった。 マルシエ滅亡後、奇跡的に何とか生き残っていたのが、マルシエ城の近衛騎士だった私の祖父を含めた十数名と、破壊を免れた僅かな卵だ。 祖父は、同じく生き残った聖獣ニンフの血を引く祖母に、2個の卵を産んでもらったが、卵のふ化を待たずに597歳で亡くなったそうだ。 誕生の間から出された卵のふ化率はとても低い。 その為、その時残った卵は全てがふ化前に石化してしまい、その後生まれた卵でも、無事にふ化できたのは、たったの5つだけだ。 その5つの内、1つは私だが、私以外で父が存命の内にふ化したのが、聖獣ルー・ガルーの血を継ぐクロスと、森の精霊ニュンペーの血を継ぐメイテのみ。 父亡きあと、70年程経ってからふ化したのが、聖獣イプピアーラの血を継ぐライナーと、聖獣アイギパーンの血を継ぐ双子のバルエ姉弟達の卵だ。 ちなみに剣王マクフェルは、祖父から見て母方の祖母の兄で、その始祖を辿れば、聖獣サテュロスに行きつく。 祖父が残した2個の卵の内、1つはふ化出来ずに石化してしまい、もう1つが私の父として誕生した。 その父も、80年ほど前の魔物襲撃の際、亡くなっている。 そんな血筋の私ですら、初めて見る聖獣。 しかも敬愛すべき上位聖獣で、聖獣同士ですら中々会う事は出来ないと教えられていたペガサスだ。 その真の姿をこの目にし、まして会話をする事など、想像もしなかった。 ペガサスは本当に突然やって来た。 私とクロスが日課にしている廃墟の見回りをしていた時の事。 遠くで雷鳴が聞こえたと思った瞬間、鋭い光と共に、廃墟の街のほぼ中央、私達が住処にしている元は旅の宿屋だった辺りだけに貼ってある、強力な結界が破られたのを感じた。 慌てて帰ると、そこにいたのが聖獣ペガサスだ。 しかもペガサスだけでは無く、なんとその背に人の子供を乗せていた。 私は人が嫌いだ。当たり前のように、大嫌いだ。 それは、ここにいるマルシエの末裔達全員にも言えることだ。 それにもかかわらず、私はペガサスの背で眠る子供から目が離せないでいた。 年齢4~5歳位の…少女?…いや、少年だろうか? 隣に立つクロスや、子供達と留守番をしていたメイテも、驚いた顔で子供を凝視している。 まず聖獣が擬態では無く、完全なる姿で自分たちの前に現れた事も驚きだが、プライドの高い上位聖獣が、その背に人の子を乗せているなど、はっきり言って狂気の沙汰だ。 改めて子供を観察して見る。 小さな体に、いっそ病的な程細い手足。 きちんと手入れをすれば美しく輝くだろうプラチナブロンドは、ぱさぱさと絡まり、伸び放題になっている。 一見するだけで、その子供の育った環境が決して恵まれた物ではなかった事が伺え、大嫌いな人の子のはずなのに、何故か憐憫の情を覚えた。 …いや、それだけでは済ませられないほど、その子供は私の意識を捉えて離さなかった。 魂ごと引っ張られるような初めての感覚に、どうして良いのか分からず戸惑う。 見たところ、他の仲間達も同じような感覚を覚えているようだった。 ペガサスは戸惑う私達を静かに見つめていたが、やがて更なる驚きが私達を襲った。 『遠く我が眷属の血を引く末裔達よ、我が主の家族となり、また、友となってくれませんか?』 一般的に聖獣も魔獣も精霊も、人の言葉を解する者はいても、自らも言葉を発する事が出来るという事は、私達末裔のような特殊な例を除き、ほとんど知られていない。 何故なら、人の召喚士が運良く彼らを見つけた場合、まずは弱点を探し、そこを突いた魔方陣を描いて召喚したのち、弱っている聖獣や精霊に自らの血を飲ませて名前を与え、無理やり縛り付けるのだ。 また、言霊による攻撃を恐れた人間が、召喚魔方陣に召喚獣の言葉を封じる呪詛を組み入れた事により、彼らは召喚された時点で言葉を失うのだ。 「メイテ姉から話には聞いてたけど、聖獣ってホントに喋れたんだねー!」 「それにあの子すっごく気になるの!…ねっ、近くに行ってみようよ?」 「お前ら煩いぞ!少し黙ってろよ!」 小さい子供たちは無邪気にはしゃいでいる。 だが私はそれ所では無かった。 確かに、私たちは聖獣たちの眷属ではあるとは言え、この身の内にはほんの僅か、“人の血”も引いている。 …そう、忌むべき人の血を。 これさえ無ければ、穢れた人の世を去り、敬愛する聖獣達の住む世界、『幻獣界』で暮らす事も出来るのにと、あえて口にする者はいなかったが、その思いは常にあり、私達は自分達の中にある、この“人の血”を少なからず憎んでいる。 その私達に対し、よりによって人の子供の家族になって欲しいと言う。 いくら敬愛する上位聖獣の願いと言えども、簡単に聞ける話ではない。 …もしかして、この子供も聖獣の血に連なる者なのだろうか? もう一度子供を見てみる。 ペガサスの背に俯せに横たわり、鬣に埋もれて顔は見えない。 眠っているだけなのか、気絶しているのかは分からないが、意識が無いのは確かだろう。 どこかに鱗や角、爪や耳等、人外の血を継ぐ痕跡がないか、注意深く観察してみるが、見える範囲には無いようだ。 だがやはり目が離せない。 どうしても魅き付けられてしまうのだ。 息を呑むように子供を凝視する私達を、ペガサスは一言発した後は静かに見つめていた。 私達の反応を伺っているようでもある。 暫くの後、ふとペガサスが私を見、そのまま目の前まで歩いてきた。  『…我が主が気になるのでしょう?…この子が何者か、…実際に触れて確かめて見ると良いでしょう。』 そうして、背に乗せた子供を大きな両羽を腕の様に使って抱き上げると、私に差出した。 反射的に子供を受け取った私だが、子供を抱いた瞬間湧き上がった、魂を揺さぶるような歓喜に、思わずその子供の小さな体を抱きしめた。 『…我が主は、産まれたその時より今まで、人々の悪意の中でのみ生きて来ました。』 湧き上がる感情のまま子供を抱きしめ、その肩口に顔を埋めていた私は、ペガサスのその言葉に思わず顔を上げた。 「悪意の中…?この子供はいったい何者なのです?」 『…その子は我が主。我が主が何者なのか…その問いに私は答える事は出来ません。』 「何故です?あなたは私達にこの子供の家族になって欲しいと言った。それにこの感覚…とても人の子とは思えません。」 『……。』 「…何かの理によって話せないのですね?…ならば一つだけお答えください。この子供は“人”ですか?」 『…あなた達が“人”という者達とは別の存在です。』 「…そうですか。わたりました。最悪、人で無いと言うのならばこれ以上の質問はしません。あなたの望み通り、この子供を我らの家族として迎え入れましょう。」 『…ありがとうございます。いずれは全てをお話する時も来るでしょう…。でも今は…』 Side:キリエ(202years old)END

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