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第3章ー7 ケット・シー 3
「これは黄水晶…?そんな…まさかっ…!!」
キリエはゆっくりと降下しながらも、眼下の景色に息を呑んでいた。
その中心にいる見覚えの無い小さな精霊と、子供達。
ライナーも含め、子供達はとても複雑な表情しており、中でもリアは…こんなに表情を出しているのは初めてだ。
慌ててライナーの横に降り立ち、リアを覗きこむ。
「リア!?どうしたのだ?」
リアが手を伸ばしてきたのに答え、ライナーからリアを受け取る。
「…キリ、エにぃ……にぃ…!」
何かを伝えたいのに、どう伝えれば良いのか分からない、といった風で、今にも泣きだしそうだ。
取り敢えずはぎゅっ、と抱きしめてやり、改めて前に向き直る。
「こんにちは。サテュロスとサンダーバードの子。君はコレが何かを知っているみたいだね。」
「……あなたは?これは…黄水晶は遥か昔に失われたはず。」
「うん。本来ならとっくに失われていたはずなんだけどね。あの滅亡の日…咄嗟に卵を守ろうとした僕の仲間の判断で、僕だけ逃がされた。…まあ、正確には、掴んで力一杯外へほうり投げられたんだけどね。たまたま落ちた先が、ココだったんだ。同じ要領で、この卵と、この木の苗が飛んできた。」
「…木の苗?」
「そう。この木の事だよ。」
そう言ってパックが見せたのは、己の手首と肘の間位から伸びた20cm位の木の苗?だ。
「…なぜそのような場所から苗が?」
「うん。その話を伝えようと思って君を呼んでもらったんだ。」
それはキリエ達、聖獣の血を引く者達には驚くべき事実だった。
要約するとこうだ。
滅亡の日、誕生の間にいたのは沢山の黄水晶の精霊と、樹木の精霊だ。
人に支配され突然襲って来た聖獣達から全ての卵を守るのは無理だと考え、その時一番に逃がしやすい位置にいた黄水晶の精霊と卵を逃がす事にした。
それがパックとケット・シーの卵だった。
ただし、卵は誕生の間から離れると石化してしまう確率が非常に高い。そのため精霊達は「誕生の木」の一枝を、卵と共に託した。
驚いたのが、「誕生の間」とは、実は誕生の木とよばれる木の、巨大な「うろ」だったという事だ。
卵は誕生の木の養分をもらって育ち、誕生の木は、黄水晶の放つ特殊な魔力を養分に生きるそうだ。
故に、黄水晶の精霊であるパックと苗と卵が1つずつでもあれば、せめて何とか命を繋げないか、と考えこうなったという。
しかしパック一人の力で、まだ小さい苗を卵が入るほど大きな「うろ」が出来る大きさに育てるのは無理だった。
せめて枯らさない様、直接自身に苗を埋め込み直接養分を与える事で現状維持をするしかなかったという。
しかしそれも限界で、パックの魔力は尽きかけている。
精霊は魔力が尽きると消滅するしかない。
何とかそうなる前に、誰かに卵を託し、誕生の間の事を伝えておきたくて、まだ卵のケット・シーの力を借りて、皆をここへ呼んだという事だ。
パックの話を聞いて暫くは誰も言葉を発せなかった。
リアは言葉どころか、キリエに抱き着きその広い肩に顔を埋めたままで、その表情すら伺えない。
誰もが口を閉ざす中、
「…あなたに私の魔力を分ける事はできないのですか?」
キリエの懇願するような言葉も、
「…僕にはもう魔力を受け取る為の核がない。この苗とそこの子達に分けてしまったからね。…君達なら感じるだろう?沢山の小さな命の気配を。」
その言葉にライナーははっとしたように、リアが壊すのを止めた、床を埋め尽くした小さな黄水晶を振り返る。
そして耳を澄ますと時々リン、と、鈴に似た音を発しているのがわかる。
…確かに命の気配を感じた。
「そう。その子達が新たな黄水晶のパックとして誕生すれば、…わかるかい?誕生の間は復活する。」
「「「!!!」」」
パックのその言葉に、キリエ以外の3人は固まっている。
しかしキリエにはどうしても腑に落ちないことがあった。
「…そんなに簡単な話ではないのでは?…既に弱っていたあなたが更に少しずつ分け与えた力。…とても黄水晶の精霊が誕生出来る程の魔力があるとは思えません。何よりそんな単純な話なら、わざわざリアをここへ呼ぶ必要はない筈です。」
「…ふふ。そんなに警戒しないで?確かにこのままでは僕が消滅したと同時に、そこにある黄水晶たちも同じ運命を辿る。…だからね、リア。僕のマスターになって?」
2日後。
リアは眠り続けていた。
その愛らしく円い頬には幾筋もの涙の跡がある。
リアが眠る寝台の横に座り、その力ない小さな手を握り、じっ、とその涙の跡を見つめているのは、ライナーだ。
そこへ軽いノックの後、クロスが入って来た。
「…ライナー、リアは俺が見ている。お前は少し眠れ。あれからずっと眠っていないだろう?リアが起きた時、そんな顔をしていたら、リアが悲しむ。」
「…クロス兄…。」
「…リアは…リアは俺達一族の命を…希望を繋いでくれた。リアが起きたら、家族全員笑顔で礼を言えばいい。」
リアがやったことは、決して命を奪う事では無く、命を繋ぐ事だったのだと、そう伝えよう。
精霊は主を持つことにより、主を持った精霊のみに与えられる特別な力を持つことができる。
生涯に1度、1つだけ願いを叶える事が出来る、特別な力。
代償は精霊の命。
ただしそれは主の願いを叶える為の力であり、自身の願いの為にはその力は発動されない。
だが、リアをマスターとし、そのリアが誕生の間の復活、もしくは黄水晶の精霊の誕生を望んでくれれば、パックはそれを叶える事が出来るのだ。…己の命を代償に。
…あまりに残酷な結末と、それを引き起こしたのが自分であるという事実に傷つき耐えきれず、全てが終わった後、リアは意識を失った。
以来、涙を流すのみでその美しい瞳は開かれていない。
今回の件について、ペガサスは一切関与せず何よりも大切にしている主が傷つくのを黙って見ていた。
不思議にも感じるが、それはこの一件が、リアが“超えるべき試練”だと知っていたからである。
ペガサスはリアの枕元に浮かびながら、昏々と眠るリアを見守り、主がこの試練を何とか乗り越えてくれることを祈るだけであった。
ケット・シー-3 END
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