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第4章ー8 進学始業式-2 Side:サーガ・リンクス
「その辺り、適当に座っちゃって大丈夫っスよ。」
そう言って2人を振り返った俺に、言葉を返す訳でもなくライナーさんは無言で一番近くにあった椅子に腰かけた。
大事大事なリアちゃんは膝に横抱きにして、落ち着かせるように背中を撫でてやっている。
そんな様子を見ながら、俺は2人がやって来た日の翌日の事を思い出し、思わず笑いが込み上げて来た。
~クランツ兄弟入寮翌日 ~回想~
8:30過ぎに起きた俺は、顔を洗って髪型を整えると、適当なドレスシャツとベージュのスラックスを選んで着替える。
世話好きのウェルザは既に起きて、お茶の準備でもしてくれているんだろう。
人数が増えたからきっと張り切っているに違いない。
ウェルザの実家はカルフィン国内にあり、薬屋をしている。
その為、疲労回復に良いお茶や、良く眠れるお茶等、バリエーションは多い。
今朝はあの二人の為にどんなお茶をチョイスするのか、楽しみだ。
リビングに出ると、案の定ウェルザがキッチン(といってもコンロが1つとシンクがあるだけの簡素な物だが)に立っている。
「はよっ。やっぱ、あの二人はまだか。」
「おはよう、サーガ。」
「うん。…朝食は10時までだから、そろそろ声かけた方がいいよねぇ?」
「んっ、じゃあちょっと俺、声かけてくるわー」
俺はウキウキしながら、つい最近まで自室であり、クランツ兄弟が編入するに当たり移動した右側の部屋へ向かう。
軽くドアをノックしながら、
「おーい。ライナーさーん、リアちゃーん、朝ですよ~。ご飯は10時までだから、そろそろ行かないと食べ損なうよ~。」
俺の呼びかけに出てきたのはやっぱりライナーさんの方だった。
若干額に怒りマークが浮かんでいるか、気にしない。
美形は怒っても美形。
うん、眼福。
「…朝からウルサイ。俺達は朝食は取らない。お前達だけで行け。」
それだけ言ってドアを閉められそうになるのに、俺は慌てた。
「ちょ、ちょっと待った!ならウェルザのお茶だけでもどう?香りもいいし、リアちゃんの気分も落ち着くと思うしっ!」
「…リアを妙な呼び方で呼ぶな。…とにかく俺達は朝は何も……………そうだ、ちょっと待て。お前に聞きたいことがある。」
「えっ?何?何?何でも聞いてくださいよ!」
まさかライナーさんの方から話しかけて来るとは思っても見なかった為、俄然張り切る。
「洗面所にあるバスルームじゃ無い方にある小さい部屋は何だ?」
…はっ?
洗面所でバスルーム以外の部屋?
…流石にトイレの事…ではないよな。
他に何かあったか…?混乱している俺に、
「知らないならいい。」
そう言って再びドアを閉めようとした為、慌てて答える。
「だからぁ、ちょっと待ってくださいって。ライナーさん気ぃ短かすぎッスよー。」
そこへ、ウェルザがやって来た。
「もう、サーガってばまたバカな事、言ってるんでしょう?…すみません、ライナーさん。」
「…いや。…お前は知っているか?」
「?何の話ですか?」
「…洗面所にあるバスルームじゃ無い方にある、小さい部屋は何だ?」
ウェルザにも同じ質問をしているが、当然ウェルザも不思議顔だ。
「…。お前たちの部屋には無いのか…?」
「い、いえ。左右で部屋の作りは同じはずですが…。」
噛みあわない話に、お互いが無言になる中、
「…ちょっと待ってろ。」
そう言ってライナーさんは一旦ドアを閉めた。
少ししてドアが再び開くと、そこにはリアちゃんを頭からシーツに包んで子供抱きにしたライナーさんがいた。
そして抱き上げられたリアちゃんの胸元には、召喚獣だろう光が2つ。
その内の1つが、昨日から感じているやたら存在感がある召喚獣に違いない。
「…入れ。」
それだけ言うと、バスルームの方へ歩き出す。
ウェルザと一瞬顔を見合せた後、すぐに後を追った。
部屋の作りは基本的に皆同じだ。
細長い部屋の中央部に入口があり、そこを中心に左右がそれぞれのパーソナルスペースになっている。
家具の配置も同じで、入り口から遠い順にセミダブルのベッド、デスク、ワードローブと配置され、中央部にソファセットが配置されている。
見た感じ、窓側のベッドは使われた形跡がない。
…なるほど。一緒に寝たって事ね…。
そんな事を思いながら洗面所まで行くと、ライナーさんが大真面目な顔をして、トイレのドアを差した。
「…あそこだ。」
「「「…。」」」
「「「……。」」」
「「「………。」」」
アレは今思い出しても、緊張感のある無言タイムだった。
~回想終了~
「…ぶふっ!……くっ…くくっ…」
突然笑いした俺を、ライナーさんは嫌そうに、ウェルザは迷惑そうに見てきた。
リアちゃんは俺には全くの無反応で、ライナーさんにベッタリだ。
…まあいいけどね。可愛いから。
それにしても。
まさか本気でトイレを知らない人間がいたとは驚きだ。
しかもライナーさんが住んでいた村にはどこにも無かったと言うから、更にびっくりだった。
…マジな話、“どうして”たんだ?
それに幾つかの矛盾もある。
話の内容から、凄い田舎に住んでいたのは分かったが、水道施設が無かったわけではなく、バスルームやキッチンはあったと言うのだから、訳が分からない。
その後は気を取り直したウェルザが、懇切丁寧に使い方を説明していたが、
「…お前も、コレをつかっているのか?…1日何回位使うんだ?」
とライナーさんに真顔で聞かれ、顔を真っ赤にして部屋を飛び出して行った。
ライナーさんも腕に抱かれたリアちゃんも、そんなウェルザをキョトンと不思議そうに見送った。
「オニーサン、それはセクハラっすー。」
「…セクハラ?それは何だ。」
「…。」
俺はだんだんと笑いが込み上げて来るのを抑えきれなかった。
「…ふ、ふふふ、ふ…ぶはっーっ!!…くくっ。オニーサン、面白過ぎっ!…マジそれ、天然っすよね?……クククッ…」
そう言えば、あの後も色々濃い事件がありすぎて、トイレ云々の事はうやむやになってしまったが、ちゃんと使えてるのだろうか?
…後で確認しておこう。
俺は綺麗なモノが大好きだし、楽しいことも大好きだ。
とにかく、おれの好みにストライクなこの二人は、この先も沢山の娯楽を提供してくれそうだ。
…楽しい1年になりそうだ。
進学始業式 2 ◇Side:Saga links END
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