26 / 163

第4章ー12 進学始業式-6 Side:ライナー

嫌な予感に舞台を睨み付けている俺とは反対に、リアはイルカから貰った籠の中を興味深そうに見ている。 それにしてもストールの力のお蔭もあるとは言え、この短時間で少しずつではあるが、この環境に慣れてきている事に安堵する。 リアがしている水色のストールは、メイテ姉とバルエ姉弟がその持てる力を出し切って作り上げた逸品だ。 メイテ姉は、始祖を辿るとマルシエの東にある、サザール湖の守護ニュンペーに行きつく。 その為、魔力を織り込んだ布を作り上げる事が得意だ。 そのメイテ姉が、自身とバルエ姉弟の僅かしかないアルプの力を最大に取り込み作り上げたのが、このストールだ。 とても薄手に見えるストールだが、メイテ姉が自身の魔力を織り込んだため、寒い日には+10度位の暖かさを与え、暑い日には逆に-5度位の冷却効果を発するらしい。 また、アルプの幻影魔力効果でこのストールを纏う者の姿を曖昧にすることができ、流石に至近距離での効果は無いが、半径5mも離れれば、その姿を捉える事が難しくなる。 また、かなりの遮音効果もあるため、これを被せておけば、リアに余計な音も声も聞かせずに済むため、とても重宝している。 しかし先程、そんなストールを通してでもリアの居場所を特定し、目の前に現れるという芸当があの人間にできるというのなら、俺にとっては脅威でしかない。 あの“くそジジイ”の言葉を信じるなら、少なくともこの学校には俺達を害するような者はいない、との事だが、それはここにいる者達全員が「人間である」事を前提にしているからだろう。 そこに人外の者がいると知れれば、何が起こるか分からない。 そんなシリアスな事を真剣に考えている俺を他所に、リアは籠の中身に興味深々の様子だ。 色取り取りの1㎝くらいの球体を細い指先で突ついてみたり、中の1つを取って光に当ててみたり、最後には籠ごとくんくん、と匂いを確かめると、顔を上げこてん、と首を傾げた。   …可愛いな、おい。 そんなリアの様子を、図々しくも隣に座った同室のチビの一人も見ているのには気付いていたが。 …黙っていれば、人間にしては悪くない造りをした顔が、トロトロに溶けて半壊状態になっている。 …コレはアレだ。リアを構い倒したクロス兄が、キャラ崩壊した時になる表情と同じ種類のモノだ。 ハッキリ言ってしまえば、気色悪い。 …まあ、アレと同じ類の奴ならば、余程の事が無い限り、リアを害したりするような事は無いだろうと、取り合えず放置する。 目下の問題は、このキョン顔をしたリアが次にする事だ。 「……ライ、ナー。…これ、…何?」 …やっぱり、か。 …だからリア。 俺だってお前と同じで、人間社会の事については殆ど何も知らないんだよ…。 …大体、人間が森の動物たちと同じような生態系をしている事だってここへ来て初めて知った。 俺達は卵生だ。 加えて、聖獣の血を残しているため、生きていく上での有機物摂取…所謂「食事」は必須条件ではない。 ただ楽しむために、お茶を飲んだり、木の実や果実、時には甘い菓子を作って食すことはあっても、基本的には自然界に漂う“ユグ”さえあれば、生きていける。 取り入れたユグも有機物も、全ては魔力として体内に蓄積されていくため、排泄も不要だ。 …排泄…に関しては、2日目に俺は痛恨のミスをしている。 ……あの寮の小部屋! まさかアレが排泄用の部屋だったとは! しかも、あの後排泄についてリアに質問された俺がどれだけ苦労したか! とにかく、あの部屋の使い道を知らなかった事に関して、同室のチビ2人が納得したかそれと無く確かめておかなくては。 この時図らずも俺は、「あの部屋の一件について確かめる」という点でチビの一人、サーガと意見を同一にしたのである。 ふたたび思考の海(…といってもアホらしい事案ばっかだけどな)に沈んでいた俺に、 「…ね、ライナー…?」 もう一度可愛い声で呼びかけ、じっ、と大きな目で俺を見上げるリア。 …っと、そうだった。目下の問題はコレだったな。 何と答えようか俺が考えていると、 「リアちゃん、いいの貰ったねぇ。リアちゃんはどの味が好きなの?」 と、横から口を出してきたチビ。 …だからまずはコレが何なのかを答えろ…って、…ん?…味?…食す物なのか…? リアは早く自身の疑問を解決したいのか、驚いたことに、初対面に近いサーガに対して自分から話している。 くる、っとおれの腕の中でチビに振り返り、 「…。これ、何?」 と、籠を顎の下位まで持ち上げ、サーガに向かって小首を傾けた。 …が。 「……ぐはっ!……リアちゃん、ソレ反則……。」 口と鼻を片手で覆い、反対の手で胸を押さえて椅子に座ったまま固まってしまった人間は当てになりそうにない。 リアも同じ判断だったらしく、早々にサーガを見切り、俺に向き直った。 期待一杯のリアの目に、俺はふう、と一つ息をついてから、籠の中から適当に1つを取って口に入れた。 ……。 …キャンディか! こんなに色んな色を見たのは初めてだが、間違いないだろう。 球体を口に入れた俺を見て少し不安そうにしていたリアに微笑み、頭を撫でてやる。 そのまま細い顎を持ち上げて、口付けた。 そうして、自身の咥内にあったキャンディをリアの小さな口に移してやった。 「…。キャン、ディ…?…りんご……。」 そう言ってほわっ、と笑ったリアは、その可愛さや美貌に耐性が出来ている俺でさえも、無様な姿を見せてしまいそうなほど、本当に愛らしかった。 …隣のガキは完全に違う世界へ往ったようだった。 進学始業式 6 ◇Side:Liner END

ともだちにシェアしよう!