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第4章ー38 先読みの儀式

北の大地・ランウェイル大陸の約半分を領土に持つ、世界一の魔法国家・カルフィン共和国。 その首都・カルフィールでは、来月行われる東の友好国・リースウェイ王国の新国王即位式に向け、お祝いムードが高まっていた。 街では連日バザールが開かれ、道行く人々の顔も明るい。 そんな中、カルフィン共和国が誇る王立魔術研究所では今、国家の…ひいては世界の運命にも関わる、「先読み」の儀式が始まろうとしていた。 先読みの儀式とは、予言者が未来を垣間見るために行う、“陣と水晶”を用いた儀式であるが、今魔法研究所で行われようとしているのは“陣と水鏡”を用いた、高度でより深くまで読み解くことができる高等魔術だ。 しかも今回の先読みは、最近の魔物達の活性化を重く見た、世界最高の召喚士であり カルフィン共和国の至宝とも呼ばれる、シェルバ・メルケルが執り行う。 立ち会うのは、カルフィン国王・レイクレオと側近、そしてこの儀式に参加する為極秘で訪問していた、リースウェイ王国の次期国王・ヴァージニア皇太子とその側近、合せて4名のみだ。 「……さて、皆さま方。…心の準備はよろしいか?」 今年で170歳を迎えるシェルバ・メルケルが傍らに聖獣フェンリルを従え、しゃがれてはいるが張りのある声で厳かに問う。 「…ああ。始めてくれ。」 即位4年目になるレイクレオが、神妙な面持ちで返す。 「…先にお話した通り、これからお見せするのは決して決定された未来ではない。 …あくまで選択肢の1つであり、我々の行動次第で変える事が出来る未来じゃ。…しかしこのまま何の行動も起こさねば、限りなく今から見る物に近い未来が訪れる。それを肝に銘じてご覧くだされ。」 そう言ってシェルバはフェンリルと共に床に描かれた陣の中央に立ち、手にした長い杖を掲げた。  それは壮絶な映像だった。 世界各国で魔物が大量に発生し街や村を襲い、ある国では草木は枯れ果て大地が荒廃し、またある国では湖や川が干上がり、海の水は赤く染まっている。 力ある人間は武器を取り、残された僅かな水と食料を求め奪い合い殺し合い、大地はどんどん血で穢されていく。 力無い人々は皆痩せこけ、骨が浮き出て目だけが飛び出したような様相で、ただ蹲って死を待つばかりに見える。 大地には飢え死んだ者がそのまま放置され、干からびた屍には低級魔がたかり目を覆いたくなる程、酷い有様だ。 「……。」 あまりの光景に、先読みが終わっても誰一人口を開けない。 「…シェルバ、…これはどれくらい先の事なのだ?」 意を決したようにレイクレオが問う。 「…早ければ10年…いや、5~6年後かも知れん。いずれにせよ、そう遠くは無い未来じゃ。じゃが先に申した通り、これは決定された未来では無い。」 「…ですがあなたは`このまま変わらねば´と仰た。ならばあなたはこの未来を変える方法もご存知のはずです。教えてください。我々がどう変われば、この最悪の未来を回避できるのですか?」 ヴァージニアが、肩まで伸ばされた金の緩い巻き毛を揺らしながら、シェルバに詰め寄るように請うた。 「…それに関しては現時点では分かりませぬ。どこかにこの未来が選ばれるターニングポイントがあるはずじゃと、何度もワシとフェンリルとで手を尽くして色々と探したのじゃが、…未だ判明せん。」 「…そんなっ……!!」 「…一つ言えるのは、これ程人間界が荒れておるという事は、“ユグの王”が、人間を見限ったという事じゃろう。」 「……ユグの、王…?…あのファルシオン伝説に出て来る…?」 レイクレオの呟くような言葉に、今度はレイクレオの側近の一人で、聖剣士の称号を持つハーウェイがシェルバに問う。 「…大賢者ファルシオンや5英雄に関する伝説は沢山ありますが、殆どの部分は後世の詩人や歌劇の脚本家達によって付け加えられた創作部分で、“ユグの王”もその1つなのでは?」 「…確かに今語られる伝説の多くは、後世の者達によって創られた物じゃ。  それを言うなら、大魔術師・カルフィール、剣王・マクフェル、弓の名手・フロンシェ、癒し手・コーネル。  この4名が4大国の創始者として初代国王となった。…とされておる。……じゃが、本当にそうだったのか?  …突き詰めて行けば、実際何が真実なのかは誰も知らん。」 「…!!…まさか…そなたは我が国の始祖、大魔術師カルフィールすらも創作された者だと考えておるのか?」 レイクレオが驚愕の声を上げるのに、シェルバは自身の長く伸ばした真っ白な髭を撫でながら答える。 「…いいや。その4名は間違いなく実在した者達じゃろう。  …じゃが“ユグの王”がただの物語であると言いきる事も出来んし、逆にファルシオンに関しては実在したという証拠がどこにもない。  4英雄を飾るただのおとぎ話だという学者もおる。現代に伝わるファルシオン伝説には、あまりにも不可解な部分が多いんじゃ。」 ◇ファルシオン伝説◇ それは今より約1500年前。 魔王に支配され、大地は穢され荒廃し、魔族や魔獣が群れを成して人々を襲い、 この世の誰もが生きる希望を忘れていた時代の事。 とある村に一人の子供が誕生した。 子供は不思議な力を持っており、子供が生まれてからは1度も魔物の襲撃も無く、 話せるようになった子供が一声掛けると、枯れた草木は甦り大地は清水で潤った。 やがて村が活気を取り戻す頃、子供は美しい若者へと成長していた。 若者は村人たちの反対を押し切り、希望を無くして生きる者達の為、魔王討伐を掲げて旅立った。 その若者こそ、後に大賢者と呼ばれるファルシオンである。 旅先で志を同じくする5人の若者と出会い、幻魔界へと乗り込み苦難の末に本懐である魔王討伐を果たす。 …という趣旨の、いわゆる英雄伝説であるが、実際には現実では考えられない部分も多くあり、またそれを裏付けるファルシオンに関する資料が全く残されていない為、一般的にはその殆どが、ただの伝説とされている。 「確かに。…なぜ大賢者ファルシオンを始祖とする国が無いのか?その後どうなったのか?また、5英雄最後の1人は誰なのか?等、わが国リースウェイでも重要な研究課題の1つとされています。」 「…だがあまりにも “ユグの王” の話は現実味が無さ過ぎる。」 ユグの王とは伝説の中盤に登場し、ファルシオンに請われて、その身の内に溜めていた大いなるユグを開放し、人間界を命の源である“ユグ”で満たしたとされる、異世界の王の事である。 「…そうじゃな。じゃがいずれにせよ、あの荒廃ぶりは何らかの理由でこの世界からユグが無くなった状態にしか見えん。」 「「「「……。」」」」 …確かに…大地にユグの自浄作用が働けば、あそこまで酷い事にはならないだろう。 …だが、この世からユグが無くなる事など考えられるのか…? 皆が黙り込む中、シェルバはふーっ、と1つ大きく息を吐くと、その理知的な目で、改めて一人一人を見つめる。 「…さて。分からない事だらけじゃが、このままでは話が先にすすまぬ故、ワシなりの考えをお話致そう。先程ヴァージニア殿は、どう変わればこの最悪の未来を回避できるのか、と問われましたな?その答えこそが、4大国に伝わる`黒銀石´に刻まれた言葉では無いかと思うんじゃ。」 黒銀石。 英雄たちを始祖に持つ国に伝わる国宝。 人間界のどこを探しても他には見つける事が出来ない、この世に4つしか存在しない謎の鉱石だ。 年にたった1度だけではあるが、それぞれの国で開催されるファルシオン祭で一般公開される。 その黒銀石にはこう記されている。  今日、ここに魔王は封印された。  我はここに人の世の1000年の平和を誓おう。  人の心が変わらず有れば、この平和は永遠のものとなるであろう。   人々よ、心優しくあれ   人々よ、心正しくあれ   人々よ、心穏やかであれ   人々よ、心強くあれ 最初の文章は共通で、最後の、“人々よ”~の部分から先が、1文ずつ4つに分けられそれぞれの石に刻まれている。 ここカルフィン共和国の黒銀石には、 ~人々よ、心正しくあれ~と、刻まれている。 黒銀石に刻まれた言葉を思い出しながら、レイクレオが口を開く。 「……つまりは、あの石碑に刻まれた戒めが破られたとき、平和は終わる、と読み替える事が出来る…と?」 「………。約束された1000年はとうに過ぎておる。まずはあれらの戒めを破らせぬよう、国民を導くのが為政者たるあなた方の務めじゃ。」 「「「……。」」」 シェルバ・メルケルが静かに発した言葉は、為政者達に重くのしかかったのだった。  先読みの儀式 END

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