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第4章ー42 泉に棲む者-1

ライナーは、煩い同室者がまだ帰宅していなかった事を幸いに、気分転換も兼ねて、リアを連れて森の散策路に来ていた。 念の為、散策路に入るまではペガサスに完璧な結界を張ってもらい、森に入ってからしばらく歩き、人の気配が完全に消えた所で解除してもらった。 ペガサスが結界を解除した所で、リアはライナーの抱っこから降ろしてもらう。 リアはご機嫌で地精霊達に挨拶しながら、宙に浮かんだケット・シーのエスティと手を繋ぎ、2人でぴょこぴょこと可愛いスキップをして楽しそうだ。 ライナーはそんなリアを優しく見守りながら、昨日リアが精霊達からもらった桃と葡萄を2個ずつと、4人分のカップを入れたランチバスケットを持って、好きなように森を行くリアの後をゆっくりと歩く。 ライナーがゆっくり歩いてもリアのすぐ後ろを離れないのは、擬態していても40cm以上ある身長差からくる、いわゆるコンパスの違いだ。 ちなみに今リア達が歩いているのは、リアが行きたい方向に合せて精霊達が今だけ特別に作ってくれた道だ。 その証拠に、リア達が通って来た道はその痕跡を隠すように、木が茂り草花が生えて行く。 そうしてしばらく進むと、冷たく綺麗な水が湧き出る小さな泉のほとりに出た。 泉の手前には小さく開けた空間があり、柔らかな芝が自生し、木々の間から木漏れ日が差し込む、最高の休憩場所になっていた。 ここなら快適なお昼寝タイムも楽しめそうだ。 「凄いな、リア。良い場所を見つけたな。」 泉の手前で立ち止まり、きょろきょろしていたリアの頭を軽く撫でながら、ライナーはリアを褒めてやる。 リアは頭に置かれたライナーの手を両手で掴んで、ライナーを見上げる。 「…ね、ライナー、…おみ…ず、…きれ、い、…ね。」 「ああ、そうだな。リア」 リアの期待でいっぱいの瞳を見たライナーは、クスッ、と笑いながら、リアが何を期待しているのか十分わかった上で、相槌を打ちながらも、 「水遊びは後な。まずはこれを食べてちょっと休憩してからな。」 と、持ってきたバスケットを指す。 「…?……!!はぁい///」 バスケットの中を覗き込んだリアは大好きな果物を見つけると、ぱぁぁ、と笑顔になりとても嬉しそうだ。 そんなリアの手を引き、ライナーは適当な木の下に座ると、リアを自らの足の間に座らせ、その前にバスケットを置く。 そうして自分の足の間で芝の上にぺたんこ座りをしたリアを後ろから抱き込んだ。 「リーア、どっちから食う?」 「…ん、……こっち」 葡萄を指したリアの為に、ライナーは泉の水を一塊魔力で持ち上げ目の前まで持ってくると、その中に葡萄を一房入れてそのまま一気に氷らせ、数秒でまた元の水に戻した。 そうして食べごろに冷えた葡萄を1粒千切ってリアの口に入れてやった。 「どうだ、美味いか?」 大粒なレッドローブは、リアの小さなお口をいっぱいにしたが、程よく冷えた甘いぶどうに、リアはにこにこ嬉しそうに頷いた。 そうして今度はリアが目の前にあるライナーの手から葡萄を1粒千切ると、くるりと振り向いてライナーの口に持っていく。 子猫のエスティはリアの膝に上って既にお昼寝体制、ペガサスも少し離れた木陰で優雅に横になっている。 結局リアは、葡萄と桃どちらも半分ずつほど食べたところでお腹一杯になり、後はライナーが片付け、今はまったり食後の休憩タイムだ。 リアも大きな栗の木にもたれて座るライナーに背中を預け、うとうと、としている。 いつの間に来たのかリアの隣には栗の木の精霊がいて、同じようにうとうとしており、リアと子猫と小さな地精霊がうとうと、ぽやぽやしている図は、癒し効果も抜群だ。 そうして30分程経った頃、ペガサスが横になったまま、ふ、と顔を上げて泉を見た。 続いて何かの気配を感じたライナーも正面の泉をじっと見つめる。 悪い気配では全然ないので、泉の精霊か何かがリアの所へ遊びに来るのだろうと判断する。 時刻はPM2:00過ぎ。 泉の部分は日向で、気温も25℃以上はありそうなので、リアに水遊びをさせるにはまあ、良い温度だろう。 しかし。 『イプピアーラの子、お客様のようです。』 ペガサスの言葉に、いつの間にかしっかり目を覚ましていたリアが、ライナーの手を取って泉の傍ギリギリまで近づいた。 「ライ、ナー、…なにか……よんで…る、……ね?」 『泉の主様だよ、ユーグの子。』 『主様よ、久しぶり。』 『主様がユーグの子に会いに来た~』 『久しぶりにお目覚めね。』 森の地精霊達が楽しそうにはしゃいでいる為、危険は無いと思うが、ライナーは念の為リアを抱き上げ、1歩下がった。 次の瞬間、泉には大きな水柱が立ち上がり、その中から現れた者を確認した途端、ライナーは驚愕に目を見開いたのだった。 水柱から現れた、地精霊達が言う“泉の主様”にライナーが茫然としている中、リアはその主様を、じっ、と見つめている。 波の様にうねる長く青い髪に深い青の瞳、大きなヒレのようにも見える耳、そして体の殆どの部分を青く透明な鱗に覆われたその生き物は…。 『…イプピアーラ。…それも純血種の聖獣が、まだ人間界に残っていたとは驚きです。』 「…!!…やはりあなたは……!!」 ペガサスの言葉にライナーが目の前の聖獣に問いかけると、その聖獣イプピアーラは優しく微笑んだ。 「…はじめまして、皆さま。私は聖獣イプピアーラのルピタスと申します。この地で約700年、ユーグの子、…あなたのお越しをお待ちしておりました。」 そう言ってルピタスはその場で優雅に礼の姿勢を取った。 泉に棲む者-1 END

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