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第4章ー43 泉に棲む者-2

「…イプピアーラ…あなたが……」 茫然としているライナーを優しく見つめるルピタス。 「…あなたはマルシエの子ですね?…まさかこの場で我が眷属に出会えるとは…全てはユーグとファルシオン様のお導きなのでしょう。」 「…ファルシオン……?」 「ええ。彼のお方から父が預かり物を致しました。残念ながら父は600年程前に亡くなりましたが、その後もわたしと泉の精霊達とで大切に守って参りました。」 「…あなたの父君はファルシオンに会った事があると言うのですか?」 「……少し昔話等も致しましょうか。…どうぞこちらへ。」 そう言ってルピタスは水面に浮かんだ状態で、リア達に手を差し伸べた。 「……。」 手を差し伸べるイプピアーラを無言で見ているライナーに、リアは不思議そうに、こてん、と首を傾けている。 ペガサスはいつの間にか隣に来ている。 「…ライ、ナー……?」 「…ああ、いや、……行こう。」 そう言ってライナーが一歩踏み出すと、リア達の周りにはルピタスによって円状の結界が張られた。 そのまま結界は水中に下降して行く。 水中では水精霊や綺麗な色をした小さな魚達がリア達を迎えてくれた。 小さな泉に見えたが、奥は深くL字型の水中洞窟になっていた。 暫く進むと太陽の光が途絶え、代わりに洞窟の壁面に埋められた光石の淡い光が幻想的に洞窟内を照らしている。 更に進むと小さな水中神殿のような建物が現れた。 そこまで来るとルピタスは結界を解き、リア達を振り返る。 「ここは我ら一族で造りあげたファルシオン神殿です。彼の方からのお預かり物を守るため、父が完成させました。さあ、こちらへどうぞ。」 そう言ってルピタスが案内したのは、アクアマリンで造られた椅子が幾つも並べられ、全体に繊細な細工が施されたホールだ。 座るよう促され、ライナーはリアを抱いたまま適当に座る。 いつも通りエスティはリアの膝、ペガサスはリアから見て左側に落ち着いた。 「…それで…?ここは……どういう場所なんです?」 ライナーはリアをしっかり抱きしめ、周りを注意深く観察しながら改めてルピタスに尋ねる。 「先程も申しました通り、ここはファルシオン様からお預かりした物を守る為だけに造られた場所です。ユーグの子、あなたにそれをお渡ししたら、この神殿の役目は終わります。」 「…ファルシオン……」 リアに重い運命を背負わせる事になった発端者の名前に、ライナーは顔を顰めて不快感を隠さない。 「…彼のお方がお嫌いですか?」 「好きにはなれませんね。自分が始めた事の決着を付けず責任を逃れ、体の良い理由を付けてそれを次代に持ち越した。彼があの場で決断していれば、俺達の国も亡ばずに済んだかもしれない…そんな奴を好きになれると思いますか?ましてや祀り上げて救世主扱いなど……!」 「…確かにそうかも知れません。実際にここへ彼のお方がいらした時、…彼は選択を先延ばしにしてしまった事をとても後悔していたそうです。…しかし、あの時彼はどうしても選べなかった。何故なら彼自身が人の子であり、彼の仲間達も多くは人だったのですから。」 「……。」 『……。』 一緒に話を聞いているペガサスも、ファルシオンがリアに課した運命については知っていても、魔王封印後の彼の足跡については初耳だったらしく、静かに耳を傾けている。 「そうして彼は懺悔をするように、いずれ生まれてくるユーグの子の為、その子がどこで生を受けようと必ずユーグ…つまりはユグドラシルに辿り着けるよう、ユーグにまつわる物を世界のあちこちに配する為に旅しているのだと言っていたそうです。」 「…。…そしてその1つをあなたの父君が預かった、と?」 「ええ。…それがこちらです。」 そう言ってルピタスはホールの入口から正面の壁に手を当て、印を切った。 すると何重にも厚く造られた壁面が次々と扉に変化しては開き、最後の扉が開くとそこには小さな箱が現れた。 その箱を手に取ったルピタスは、ライナーの膝に座るリアに捧げる様に跪き、最後の封印の開錠を促したのだった。 泉に棲む者-2 END

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