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第4章ー48 異端者・再び-1

翌日。 強引にリアのクラスで一緒に過ごす事になったライナーに、クラスメイト達が戸惑う場面もあったが、担任のマークとウェルザ&サーガコンビのフォローで何とか乗り切った。 同室2人には昨夜リアが眠った後、話をしてある。 今日のリアは、ライナーが傍に居るため驚くほど安定しており、昨日ここで大泣きした事はすっかり忘れたかのようにしている。 ちなみに、ライナーの席はリアと同じだ。 つまりは1日中リアを膝に乗せて過ごすという事だ。 昨日紹介されたリアの聖獣達は、今日はまた光に擬態しておりクラスメイト達には確認できない。 クラスの結界はそのまま残っている為、先日カルラ・ヤギューが疑問を持った「二重結界の定義」に反した状態になっているのだが、幸いにもこのクラスにはそれに気付いた者はいないようだ。 本日最後のルーン語学の授業中、戦闘部顧問でもあるマジェス・リードがライナーにクラブ勧誘をして暴走しそうになったものの、 クラス委員でもあるウェルザの頑張りで何とか滞りなく終了した。 ただし編入生は午後から担任による補習授業がある。 補習開始まで1時間以上ある為、補習対象の学生達の殆どは昼食をとる為に一度寮に戻るのだが、自分達には“食事”は必須ではないため、ライナーはリアを連れて召喚棟の西側に広がる森へ来ていた。 この森にも散策コースが幾つかあり、今日は適当に正面のコースを選びリアと手を繋いでゆっくり歩いている。 途中、リアを見つけた白樺の精霊達が寄って来て、この先に綺麗な庭があるから一緒に遊ぼうと誘われ、嬉しそうに頷いているリアに、ライナーもペガサスも取り敢えず安心した。 実際、今朝のリアの寝起きもケロッとしたもので、昨日の衝撃は残っていない様子だったのだが、幼児期の過酷な体験から、1人になる事をとても怖がるリアが受けたショックは計り知れない。 ルピタスの事を伝えれば、リアはきっとまた泣いてしまうだろう。 しかしその時はリアをしっかり抱きしめ、二度と一人で泣かせはしない、とペガサスとライナーは決意を新たにするのだった。 同じ頃。 カルフィール魔法学校の広大な敷地の一歩外では。 フィランド・イプサムが荒れていた。 昨日生徒会室を出た後、許可なく出る事を禁じられている学園からも抜け出し、一人、戦闘部の練習場にもなっており、魔物が多く生息しているケルバの森へ来ていた。 そして延々と自らに対する苛立ちを発散するかのように、見つけた魔物を片っ端から倒し、その数は昨日の午後から現時点までで50体を超えている。 しかも召喚術は一切使わず、魔術と愛剣・フレイムソードだけを使い、これだけの数の魔物を倒す事が出来るのは、彼の力が群を抜いて優れている事の証明だろう。 「……ふぅ…。」 魔物との戦いは命のやりとりだ。 普段であれば、これだけの数の魔物を仕留めれば十分に戦いの興奮と、倒した時の酩酊感が味わえているはずだ。 しかし今日はあの “紫” が何度も脳裏をかすめて駄目だ。 あの澄んだ紫……俺に、全く何も期待していないあの紫が。 俺の事を“フツウのヒト”だと言った、あの紫が! 頭から全く離れてくれない。 フィランド・イプサムがどうしようもない激情に駆られ、リアの人形の様に美しく整った、でも無表情な容貌を思い浮かべた時。  !! 突然、森の奥から強烈な邪気を感じ、フィランドはすぐに意識を切り替え戦闘態勢を取ると、その方向を凝視する。 「……ッ!…アレは…バカなっ!!…トロールだとっ?!」 体長3mはある巨大なトロールが、ざっと数えただけでも10体はおり、動きは遅いが確実にこちらへ向かって来ている。 地元の街で魔物討伐に行った際にトロールには何度か遭遇したことがあるが、このように群れを成しているのは見た事が無い。 それに元々この森には魔物が多く生息していたが、どれも植物や昆虫、小さな哺乳類が魔物化したレベルのものだけだったはずだ。 戦闘部として約4年間ここで訓練をしてきたが、こんなレベルの魔物がこれほどの数いるなど聞いた事もないし、実際これまで出会った事もなかった。 そしてトロールの更に後方にも群れを成した一団を見て、フィランドは今度こそ言葉も無く驚愕した。 …それは教科書でしか見た事がない魔物、ガーゴイルだった。 小さいがきちんと手入れされた綺麗な庭にたどり着き、リアがエスティや白樺の精霊達と遊び始めてすぐの事。 『……主!』 ペガサスは声を上げたと同時に擬態を解いて完全体となり、一瞬でリアの元へ移動し、その大きな翼でリアを包み込んだ。 ライナーは既に全員の前に立ち、戦闘態勢に入っている。 その手には、マルシエを出る際にキリエから渡され、先程までピアスに擬態させていたトライデント(三叉槍)がしっかり握られている。 「……ど、した……の…?」 尋常ではない2人の様子に、リアはペガサスの翼の中でエスティを抱きしめる。 何かを感じ取った白樺の精霊達も一気に飛散してしまった。 「…リア、俺はちょっと行ってくる。…いい子だからシェラとエスティと一緒に部屋に戻って、お利口に待っててな。」 ライナーの言葉が終わると同時に、ペガサスはリアを背に乗せて飛び発ち、ライナーは強烈な邪気を感じる方面へと走り出した。 「…!!……やっ。…な、に、……しぇら!?……らい、なー、…どこ…いった、…の?」 『…かなりの数の魔物の群れが来ます。この学園は強い結界で守られていますが、…この規模の魔物相手では一部を破られ、敷地内に侵入される可能性は高いです。』 魔物と聞いて、リアはキリエと戦ったアジ・ダハーカを思い出す。 真っ赤に染まっていたキリエを思い出し、大きなリアの瞳にはみるみる涙が溢れ出す。 怖くて。 不安で。 リアはシェラの長い鬣にしがみ付いて、ギュッと目をつむる。 『一度破られた結界は、例え修復しても脆くなります。…それではこの学園の守備力は格段に下がってしまいますから…イプピアーラの子はそれを未然に阻止するために行きました。ですから主は、イプピアーラの子が言うように、私達と一緒にお部屋で待っていましょうね。』 「…ライナー、……たたか、う……?…ひとり、…だめ。」 『…主…大丈夫ですよ。気配に気付いたここの教師達もあちらへ向かっている様ですし。何より彼には私の結界を張ってあります。 すぐに魔物を倒してケガ1つせずに戻ってきますよ。』 「やぁ!……だめ!…だめ、なの。…ひっく……りあ、も……いっしょ、なの!…ひっく、…しぇら。…おねが、…い、……らいなー、とこ、…いって!」 愛しい主にこんな風に泣かれてしまったら、ペガサスにはもう逆らうことは出来ない。 『……困った主ですね。…わかりました。ただし近くに行くだけですよ?イプピアーラの子の邪魔になってはいけませんからね。』 そう言ってペガサスは大きな翼を広げ方向転換をしたのだった。 一方。 邪気に向かってライナーが一直線に走っていると、どこかで見た顔の一段と鉢合わせた。 「…ライナー君!まさか君も行く気なのかい?…それにそんな武器…いったいどこからっ?!」 走りながら声を掛けて来たのは、今日からライナーの担任にもなったマーク・ハプソンだ。 隣には戦闘部顧問だと言っていたマジェス・リードもおり、他にも教師と思われる者が数名、同行していた。 しかしライナーはマーク達をちらりと見ただけで、その問いには答えず、 「…足手まといにはなるな。」 それだけ言うと、一気に走るスピードを上げて行ってしまった。 「……。」 とても人間技とは思えないそのスピードに、魔力ランクSを誇るマークやマジェスですら、ついて行けなかった。 「…実に素晴らしいですね。早く彼の戦う姿が見てみたいものです。」 戦闘部顧問のマジェスはそのスピードと、抑える気の無い殺気に惚れ惚れしながら、無言で加速したマークに倣い、自身も走るスピードをあげた。 邪気に近付くにつれ、ライナーは魔物とは明らかに違う気配に気が付いた。 そして困った事に、部屋で待っている様言い聞かせたはずの愛しい気配が、どんどん近付いて来ているのも感じていた。 決して気持ちの良い生き物では無いし、リアにはキリエがアジ・ダハーカと戦った時の時のトラウマもある為、魔物には出来る限り近付けたく無かったと言うのがライナーの本音である。 …まあペガサスが傍にいる限り、リアに危険が及ぶような事は万が一にも無いのだからよしとするか… 取り敢えずは、前方に感じる魔物ではない気配に集中する。 かなり消耗しているのか、魔力の気配が随分薄くなっているが、……“コレ”は…… そうして見えて来た姿にライナーは一瞬殺意を覚えたが、全身を血で真っ赤に染めながらも、必死に魔物に向かって行く姿勢に、先日の“奴”とは明らかに違う何かを感じ、思いとどまる。 そして後方のガーゴイルから放たれた大きな炎を、満身創痍のその男の前に出て、手にしたトライデントで弾き返した。 ライナーの魔力も加算され更に強力になった炎が、一番近くにいたトロールを一撃で倒すのを確認して、その男・フィランドを振り返った。 「…よう。いいカッコだな。こういうのをお前達は“天罰”と呼ぶんだろう?」 異端者・再び-1 END

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