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第4章ー54 帰省

 ……ア、……リア…  …んぅ、……?……なぁに……?  …ふふ。可愛い///……でもリア、そろそろ起きて。  ……ねぇ…の、こ…え……? 大好きな優しい声に促され、リアの深く沈んでいた意識がふわりと浮上し、その宝石の様な紫の瞳がゆっくりと開かれた。 「おはよう、お寝坊さん。そしてお帰りなさい。…こんなに早く帰省してくれるなんて、本当に嬉しいわ。」 綺麗に微笑んでリアのおでこに優しいキスをくれたのは… 「………メイ、テ、ねぇ……?」 まだ意識がハッキリしない様子のリアは、寝台に横になったままぼんやりとメイテを見上げている。 「うふふ。やっぱり寝起きのこの可愛さは格別ね。さあリア、みんなあなたが起きるのを今か今かと待っていたのよ。早くお顔を見せてあげましょう。」 そう言うと、メイテはリアをそっと抱き上げた。 ライナーをはじめ、キリエ兄やクロス兄に抱きあげられるのも、もちろん大好きなリアだが、メイテ姉にされる抱っこはふわふわで柔らかくて、大好きだ。 リアが10歳の頃、どうしてメイテ姉だけふわふわなのか不思議に思って理由を聞いた事がある。 メイテ姉は、くすっ、と優しく笑って「私が女の子だからかしらね」と答えてくれた。 更に、「おんなのこ、ってなぁに?」と聞いたリアに、「…リアが大人になったらわかるわ」と言っていた。 あれから4年経ってリアは14歳になったが、クレアがおんなのこだという事がわかっただけで、その意味はリアにはまだ分からない。  …りあ、…おとな、いつ、なる…のかな……? リアがぼんやりとそんな事を考えている間に、メイテはリビングの前に来ていた。 「「「「「……リア!」」」」」 リアを抱いたメイテがリビングへ入ると、そこにいたバルエ姉弟、とクロス、そしてライナーとその肩に乗ったエスティの4人+1匹が一斉に振り返った。 「…もう起きて大丈夫なのか?」 入口から一番近くにいたクロスが、リアの頭を優しく撫でながらその大きな瞳を覗き込む。 「……クロス、にぃ……?」 大好きなみんなに会えたのは嬉しいが、リアはどうして自分がココにいるのか不思議で、少し不安そうに、きょろきょろしている。 「……シェラ、と、…にぃ、は……?」 その不安を正確に感じ取ったライナーは、リアの傍まで行くと、メイテからリアを受け取り、不安を取り除くように優しく背中を擦ってやる。 「…シェラは今キリエ兄と二人で、ルピタスを幻獣界へ送る為の準備をしに行っている。」 「……るぴたす……ライ、ナーと、……おなじ、の、ひと?」 「……ああ。あれで彼の役目は終わった。だから仲間のいる幻獣界へ送ってあげないとな。…一人は寂しいだろう?」 ライナーの言葉に、リアは自分も一人で寂しかった時の事を思い出したのか、大きな瞳はたちまち涙で潤みだす。 「……いま、まで…ひとり。…ルピタス…さみし、かった…?」 「…ああ。でも彼の周りには沢山の精霊達がいたから、そんなに寂しくは無かったかもな。…でも彼は聖獣だ。役目が終わった今、仲間達の待つ幻獣界へ帰ってもいいだろう?シェラはその準備をしに行っている。…リアはいい子だからもう少し待っていられるな?」 「……ん。…リア、まって…る……。」 『リアー、エスティがいるニャ!一緒に遊んで、待ってるニャ!』 「…エスティ。…ん。リア、……あそぶ。」 そしてリアは今日起きてから初めて、ほわっと、微笑んだ。 ペガサスとキリエはサザール湖に来ていた。 イプピアーラは水の聖獣であるため、弱ったルピタスを長時間水から離すのは拙いと考え、移動陣をここに創る為にまずは周りの魔物退治からはじめ、ひと段落ついた今はペガサスがサザール湖の湖面に描いた移動陣を発動させている所だ。 これで、ここへ戻る前にルピタスの泉の湖面に描いておいた移動陣を使って、ルピタスをここへ呼ぶ算段だ。 水から水への移動であれば、それほど負担にはならないだろう。 そうして暫くの後、聖獣イプピアーラを伴ったペガサスが帰還した。 一度きりしか発動しない移動陣は跡形もなく消滅する。 「……あなたが聖獣イプピアーラ…。…私はマルシエの末裔、聖獣サンダーバードとサテュロスの子、キリエ・クランツです。」 丁寧なキリエの挨拶に、ルピタスは美しい顔に優しい微笑みを湛えて答える。 『私はルピタス。ペガサス様が動かれるということは、あなた方の大切な家族であるユーグの子に負担をかけてしまうと同じ事。この度は無理なお願いをお聞きいただき、ありがとうございます。』 「…いえ。リアもあなたの願いを叶える事を望むでしょうから。」 『…主と子供達が到着したようですね。』 「……シェラ…!……にぃ…!」 そうしてすぐ、彼らが愛してやまない澄んだ声が聞こえた。 世界で一番可愛く愛しい子供が駆けて来る。 それを見たキリエは膝をついて両手を広げ、愛しい子供が腕の中に飛び込んで来るのを待つ。 「…にぃ、……にぃ…!」 ぽす、と軽い音をたてて飛び込んで来たリアは、キリエの首に抱き付き頭をぐりぐりと擦り付けて思いっきり甘えの仕草だ。 そんなリアをキリエは抱き上げ、愛しくて堪らないと言うように琥珀色の瞳を優しく細め、リアの愛らしい唇と柔らかな頬にキスをした。 「おかえり、リア。」 「……だた、いま…。にぃ。」 優しいキスをくれたキリエに、リアもキリエの頬に、ちゅっ、と可愛いキスを返して、また甘える様にぎゅう、と抱き着いた。 そんな二人のやり取りの隣では、家族達がそれぞれルピタスに挨拶をしている。 全員が済ませたのを確認すると、キリエは甘えるリアの小さな頭を撫でてやりながら、改めて泉を振り向く。 「リア、ルピタス殿にご挨拶は?」 言われて初めて、リアはルピタスが湖面に浮かんでいる事に気が付いた。 「…ん、と。…こんにち、は……?」 『ふふ。はい、こんにちは。二日ぶりですね、リア。もう体調は大丈夫ですか?』 「……ん。……だいじょ、…ぶ。……ルピタス、ずっと…ひとり、…さみし、かった……?」 『…あなたを泣かせてしまった私を心配してくれるのですか?ありがとう、リア。大丈夫ですよ。…それに今から仲間に会えるのですから。』 「……?…リア、…ないて、ない、よ……?」 あの時、はざまの世界で一人になって泣いてしまった事を、ルピタスのせい等とは全く思っていないリアは、きょとん、としている。 そんなリアを見たルピタスは、くす、と優しく微笑んで、そのまま全員を見渡した。 『…彼らがあなたを溺愛する訳が分かります。…もちろん私も。…私達聖獣は無条件であなたに魅かれる。ふふ。幻獣界に帰ったらきっと仲間達にあなたの事を質問攻めにされるのでしょうね。』 ルピタスは楽しそうだが、リアはルピタスの言っている意味が良く分からずに、キリエの腕の中で、こてん、と可愛らしく首をかしげている。 『さて。名残は惜しいですが、…お別れです。皆さんとお会いできて良かった。…ライナー、我が眷属。あなたの幸せを願っています。』 「……ッ…俺も…あなたと出会えて良かったです。………。」 初めて出会えた、自らの血に連なる聖獣。 しかしもう二度とは会う事がないだろう事を思うと、様々な感情が溢れ、ライナーはそれ以上言葉を続けることが出来なかった。 「……ライ、ナー……?…ど、した……の?」 ルピタスはこれから幻獣界に戻って仲間達に会えて、1人じゃなくなって……嬉しい事のはずなのに、どこか苦しそうなライナーを見てリアは不安になる。 『…私とお別れするのが寂しいのでしょう。リア、我が眷属、ライナーをお願いしますね。………ペガサス様、お願いします。』 ルピタスの一言を合図に、ペガサスがその大きな翼を広げると、湖面一面に巨大な陣が出現し、更にペガサスの角から放たれた稲妻が陣を突き抜けた瞬間、陣が赤く光り、ルピタスの姿は湖面から消えていたのだった。  …………。 暫くは誰もが口を閉ざし、サザール湖の穏やかに透き通った湖面を見つめていた。 帰省 END

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