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第4章ー55 誕生と死と
ルピタスが幻獣界に帰ったのを見届けて暫くの後。
せっかくサザール湖まで来たのだから、少し休憩してから帰りましょう、とのメイテの声に全員が水辺で適当に寛いでいる。
近辺の魔物は退治してあるが、キリエが念のため結界も張ったのを確認して、メイテは持ってきていたバスケットを出した。
本当は聖獣イプピアーラと会ったら、簡単な送別会をしようと思い、メイテとクレアでバスケットにスコーンとお茶を用意していたのだが、ルピタスを見た途端、彼には本当にもう時間が無いのだと分かってしまった。
ならば彼が望むように、1分でも早く幻獣界へ送ってあげる事が重要と考え、暗黙の了解のうちに送別会は見送られた。
「……リア、ライナーを呼んできてくれるかしら?」
メイテが取り出したバスケットの中に、大好きなナッツたっぷりのスコーンを見つけて嬉しそうにしていたリアに、メイテが声を掛けた。
「はぁい。」
メイテのお願いにバスケットから顔をあげたリアは、可愛いお返事を返すと、ライナーの元へ走って行った。
そしてリアがライナーの腰辺りへタックルして抱き付いたのを見届けると、メイテはリアにルピタスの事を伝える今晩の事を思い、ふう、と大きくため息を吐いた。
一方、ライナーの後ろから思いっきり抱き着いたリアは、驚いたライナーにお仕置きの“こちょこちょ”をされていた。
全身を擽られながら、キャッキャッと可愛い声を上げて笑っているリアを見ていると、ライナーの中のもやもやした物がスッと消えていく。
「コラ!ライナー!もうそれ位にして早くいらっしゃい!」
頃合いを見てメイテから掛けられた声にライナーは素直に従い、転がしていたリアを抱き上げて、その小さな額に口付けた。
「ありがとな、リア」
「……??………なぁ、に……?」
突然お礼を言われキョトンとしているリアに軽く笑って、ライナーはメイテ達の元へ合流した。
その日の夜。
クロスとカルトとリアでお風呂に入った後、三人がリビングへ戻ると、キリエがリアを呼んだ。
「…なあに?」
リアが近付くと、キリエはリアを横抱きに膝に乗せ、抱き込むようにリアの小さな体を包んだ。
「リア、今日はありがとう。疲れてないか?」
「…ん。だいじょうぶ。…ね、シェラ、…リアもこんど、ルピタス、とこ、…あそび、いく。…いい?」
『……主。あなたが幻獣界へ行きたいと言うのなら、幻獣界の者達は大歓迎するでしょう。…しかし、彼のイプピアーラと会う事はもう出来ないのです。』
「………ルピタス、あえない?……なん、で?」
「…リア、パック(黄水晶の精霊)を覚えているかい?ルピタスはね、パックと同じだった。……彼の時間はもう尽きかけていたんだよ。…最後の望みとして、ルピタスは仲間のいる幻獣界へ帰る事を願った。……ペガサスはそれを叶えた。」
『…聖獣ならば、普通は自身の力で幻獣界の扉を開けるはずなのです。しかしユグの薄い人間界に長くとどまる事により、彼の者の魔力は徐々に削られ、既にあの泉からの自力での移動はおろか、幻獣界の扉を開く力すら残っていなかったのです。』
シェラの言葉にリアは大きな瞳を更に見開いた。
「………りあ、の。…りあの、せい……?……りあ、まって…た、から………ふぇっ……りあが。りあ、がっ…!……ひっく……。」
「……そうじゃない、リア。お前は何も悪く無い。…ルピタス殿はありがとうと言って笑っていたろう?…彼は自分でお前を待つことを決め、その役目を果たした事に満足していた。いいかいリア、間違えてはいけないよ?…彼はお前が生まれ、自分の元へ来てくれた事に本当に感謝していた。」
小さな両手で溢れる涙を拭いながら、自分のせいだと言って泣くリアが可哀想で愛しくて、キリエは心臓が痛むのを感じながら、優しく抱きしめ精一杯の言葉で言い聞かせる。
『そうですよ、主。あなたが今ここにいなければ、彼はその役目すら果たす事が出来ずに消滅していたでしょう。…それに、幻獣界で死を迎えた聖獣や精霊は、死してもまた同じ種族として生まれ変わる事ができるのです。……ですから仮に彼の者が死したとしても、同じ魂を持つイプピアーラがまた生まれて来るのです。』
「……ひっく。……るぴた、す、…またうまれ、る……?」
『…いえ。例え同じ魂であっても同じ者には成り得ません。それが世の理です。…しかし彼の者の死が、また新たな誕生を生むのです。』
「……。」
「…命はみな1つずつしか持っていないからね。その魂が以前誰だったか、では無く、生まれて来た命を愛してあげる事の方が大切だという事だよ。…わかるね、リア?」
「…ひっく……んっ…。…りあ、わかっ…た……。」
「いい子だね、リア。」
そう言ってキリエはリアの小さな頭を撫でながら、擦り過ぎて真っ赤になってしまったリアの瞳を、そっと口付けて癒す。
そこへメイテが全員分のお茶を淹れて持ってきた。
「さ、せっかく帰って来たのだから、泣いてばかりいては駄目よ。今からは楽しいお話をしましょう。」
そう言ってメイテに手渡された、リアお気に入りのペガサスの羽をモチーフにしたマグカップには、蜂蜜を入れて甘くしたホットミルクがたっぷり入っている。
小さなリアの手にも持ちやすい大きさで作られたこのカップは、10歳の時にもらった、クロス特性の誕生日プレゼントだ。
「……あま、い…ね。………メイテ…ねぇ、ありがと。」
リアがようやく笑みを見せた事で、家族達もほっと、一安心だ。
各々がお茶を楽しむ中、そう言えば、とバルエ姉弟が口を開いた。
「ねえねえリア、聖獣ネフィリムに会ったってホント?」
「そうそう、巨人族なんでしょ?どれ位の大きさだった?」
言われてリアは、昨日初めて見たネフィリムを思い出す。
元々聖獣や精霊からとても好かれるリアであるが、リア自身も彼らが大好きである。
もちろん、大きくて優しい目をした聖獣ネフィリムの事もすぐに好きになった。
「…んとね、……からだ、は、みどり……で、かみ、が…ちゃいろなの。……ライナーよりも、シェラより…も、いっぱいおおきくて、……リア、びっくりした。」
「そうか。ネフィリムとは仲良くなれそうだったか?」
今度はクロスが優しく微笑みながら聞く。
「……んと、ネフィリム、リアに…ニンゲン、たすけて、…おねがい、…した…の。……だからリアは、シェラにおねがい、したの。……リア、…なかよ…し、なれる……?」
「もちろんだ!何てったってリアは天使だからなっ!リアと会ったら誰でも仲良くしたいって、思うぞっ!なっ、兄貴?」
少し不安そうに聞いたリアに、クロスは不安を跳ね返すように即座に返す。
「ああ、なれるとも。リアはこんなに可愛くていい子なのだから、ネフィリムもきっとリアと仲良くしたい、って思っているよ。」
クロスとキリエの言葉に、リアは嬉しそうに微笑むのだった。
誕生と死と END
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