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第4章ー66 水の神殿にて-2
「…リア、おいで。」
ライナーの言葉にリアは素直にフィランドの腕から降ろしてもらい、ライナーの元へ行く。
「少し長くなるからな。隣の部屋へ移動する。…こっちだ。」
そう言ってリアを抱き上げたライナーは、フィランドに目配せすると、今いた聖堂から出て右隣の部屋のドアをあけた。
そこは壁一面が書棚になった書斎の様な部屋になっており、書机と応接セット、そして木製のパーテーションを挟んだ壁際にはソファベッドが配置されている。
フィランドには応接のソファに座っている様言い、ライナーは壁際のソファベッドへ行き、リアをそっと降ろすとそのまま寝かせた。
「……リア、おひる、…ね…?」
「…ああ。昼寝にはちょっと遅い時間だが、今日はあちこち移動もあって大変だったからな。…エスティと一緒に少し寝ておこうな。」
そうしてソファにあった柔らかなブランケットを掛けてやりながら、エスティを呼んだ。
「エスティ、頼む。」
「はいニャ! …リア、エスティとお昼寝ニャ!」
エスポワールがその長い尻尾を左右に振ると、リアの意識はゆっくりと沈んでいった。
ライナーはリアが完全に寝入ったのを確認してから、その額にキスを一つ落とすと、応接セットへ戻って来た。
『………では改めて。フィランド・イプサム。私は我が主、オフェリア・アリエル・レインバーツの召喚獣、ペガサスです。』
「……今なんと言った?」
「……リアの本名だ。“リア・クランツ”はリアが6歳の時からの名前だ。…非常に不本意だが、リアには人間の両親がいた。最も、その両親からは生まれてすぐ“死者”として扱われているがな。」
「……どういう意味だ…?……それに“レインバーツ”と言うのはまさか……」
『…そうです。我が主は西のレイゴット王家に生を受けました。…しかし母となった愚かな人間のせいで、その存在を亡きものとされ、以後6年もの間、劣悪な環境の元で育ったのです。』
「…ッ……!!」
「ペガサスが俺達家族の元にリアを連れて来た時、見た目から3歳位だと思ったんだが、…6歳になると聞いて驚いた。…なにしろ当時4歳だった弟よりもリアは小さかったからな。」
『…主は生まれ出でてより6年間、“呪われた子供”と言われ続けました。愚かな人間の勝手な発想により、“瞳を見たり声を聞くと呪われる”と。その為、顔を隠す事を強要され、声を出す事すらも禁じられ、一欠けらの愛情さえ与えられないまま育ったのです。』
あまりに凄惨なリアの幼少期。
フィランドはやり場のない怒りの様な感情を、どう処理して良いかわからず唇を噛む。
「…………なんでな。俺達は人間が嫌いだ。憎んでいると言ってもいい。」
「……イプピアーラの子、と呼ばれていたな?」
「ああ。…それについては…まあ、見た方が早いだろう。」
そう言うとライナーは擬態を解き、今は20センチ以上低い位置にあるフィランドの目を見据える。
「…俺の故郷は人間に滅ぼされた国、マルシエだ。」
「……マルシエだと?!……どうゆう事だ? そもそもマルシエは実在していたのか? それに伝説では天変地異で一夜にして滅んだといわれているが…。」
「…それはお前たち人間どもが後から自分達に都合の良いように作った、ただの“おとぎ話”だろう。」
吐き捨てる様に言ったライナーは、凍えるような冷たい瞳をしている。
「……。」
『あなたは我が主の騎士となりました。…はっきり言っておきます。我が主を傷つけるのは魔物だけではありません。むしろ、人である事の方が多いでしょう。フィランド・イプサム、…あなたは人を殺せますか?』
水の神殿にて-2 END
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