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第4章ー67 水の神殿にて-3
……フィランド・イプサム、あなたは人を殺せますか?…
それは重い言葉だった。
しかしフィランドの心は決まっていた。
正直、フィランドとて気に入らない人間の一人や二人はいるが、殺意を抱く程の者はいなかったし、もちろん人を殺したことも無い。
だがリアと言う君主を得た今、君主に仇なす者ならば誰であろうが容赦はしない。例えばそれが親兄弟であっても、リアを傷つけると言うなら…斬る。
「…ああ。何であろうが、リア・クランツを傷つける者、悲しませる者は俺の敵だ。人間だろうが魔物だろうが、それ以外の何であろうが、必ず排除する。」
揺るがぬ決意を以ってフィランドは答えた。
『安心致しました。…ではあなたの疑問にお答えしていきましょう。』
「……なら最初に聞かせてくれ。…リア自身は自分の事について知っているのか?」
「……いや。リアは…中流の商家で生まれたが、その瞳の色からお抱えの占術師に“呪われた子”と言われたため捨てられた、という、いつからか人間どもが適当に作りあげた出自を聞かされて育っている。」
「……なぜ本当の事を教えてやらない?」
「さっきも言ったが、俺達の国は人間に攻められ滅ぼされた。そして…その滅ぼした国というのが、レイゴット帝国だ。」
「……!」
まさかあの大国がそんなことをするとは…
…確かにそれでは話せないだろう。
リア自身は全く関係ないが、あれほど慕っているライナーの国を滅ぼしたのが自身の国だと知ったら……考えたくもない状況だ。
『…主に出自を話せなくなったのは、私のせいなのです。……私は彼らの国を滅ぼしたのがレイゴット帝国だと知った上で、主をマルシエへ連れてゆきました。彼らには主の出自については一切語る事なく、年齢と通称名のみ伝えただけで主の家族になってくれるよう、お願いしたのです。』
それからしばらくはマルシエでのリアの暮らしぶりや幼少期の体験からくる弊害等を聞いたフィランドは、今すぐ、これまでリアに関わった人間すべてを殺してやりたい程の怒りを覚えた。
だが、何よりリアを愛しているライナーやペガサスがそれをしていないという事は、何か理由があるのだと、何とか思いとどまる。
そうして最後に、もう一つ気になっている事を聞いた。
「ユーグノコ、とは何だ?…それに今になって、わざわざ人間社会へ出て来た理由は?」
「『………。』」
『……あなたはユグドラシルを知っていますか?』
「ユグドラシル?…あのファルシオン伝説に出て来る、世界のどこかにあって、“ユーグの王”がいる不思議な世界と繋がっていると言われる木の事…か?」
「……フン。………実に人間らしい…くだらん発想の元に創られた安っぽい伝説だな。」
「……。」
相変わらず辛辣なライナーだが、フィランドはそれも仕方ない事だと今なら理解できた。
彼の大切な者は全て、人間の手により傷つけられたのだから。
『…ユグドラシルとは、ユーグが自らの世界に最初に創ったとされる癒しの木。…ユーグの世界とは、人間界でも幻獣界でも魔獣界でもない……“この世のどこにも存在しない場所”と言われています。』
「意味がわからんな……。」
『……人の子の常識で理解することは容易ではないでしょう。…我々聖獣ですら、ユーグの世界の存在を知ってはいても、その場所も行き方も知らないのですから。…ただどういう訳か、1400年程前にその世界へ行き着いた人間がいました。』
「……!!ファルシオンかっ!」
『…そうです。どうにかしてユーグの世界へ辿り着いた彼の者は、穢れなきユグが溢れる世界で、その恩恵を受け美しく輝く大地を見、ユーグの王に願ったそうです。その力で穢れ果てた人間界を浄化してほしいと。……それからの事は何の文献も無ければ、言い伝えすらありません。…しかしファルシオンが魔王を封印してほどなく、ユーグの王の声が幻獣界へ届きました。』
…我が声が聞こえし、我が同胞たちよ。
……我はじきに長い眠りに就くことになる。
ユグの大木、ユグドラシルも最後の実を残して枯れ果てた。
このユグドラシル最後の実に、我が力を託す。
どうかこの実から成る重い運命を負う魂を守ってやってほしい。
…そうして願わくば、かの魂を持つ者を我の元に…
『……ユーグの王の声を聞いたのはそれが初めてでしたが、わたしたち幻獣界に住む者は皆、不思議とそれが彼であることがわかりました。』
そこで言葉を切ったペガサスは、フィランドをじっと見据え、
『…つまり。ユーグの世界は、いつか我が主が行かねばならぬ場所。…我が主はユグドラシルが最後に宿した実から生まれた魂。そしてユーグが人を見定める為に人間界へ送った、彼の王の目となり翼となる事を運命付けられた者なのです。』
一通り話を聞き終わった時、時刻は20時を回っていた。
いつの間にか聖剣の精霊は消えていたが、聖剣はそれまでフィランドが愛刀にしていたように、指輪に擬態させて人差し指にはめた。
ライナーがリアを優しく起こしてやるのを見ながら、フィランドはそう言えば基本的な質問をしていなかった事を思い出した。
「…なあ、もう一ついいか?…本当に今更なんだが…、お前達聖獣や精霊達は皆、話せるのか?」
「……その質問の答えはお前の精霊に聞け。…もっとも、胸糞悪い答えが聞けるだけだろうがな。……そんな事より。お前はその目に宿した精霊の影響で、ヒトとはかけ離れたモノになってる事を理解しているのか?」
!?
まだぼんやりして、小さく欠伸をしているリアを抱き上げたライナーが振り向きざまに放った言葉は、簡単に聞き逃せる内容では無かった。
「……どういう意味だ?」
『……あなたは “ヒトの理” から外れた存在になっています。…分かりやすく言えば、精霊に近い存在になっているという事です。』
「……俺やリアが、人間社会に出て受けたとは逆のカルチャーショックを受ける事になる。生態系から生活習慣、魔力の使い方まで…人間とは全く違う。…せいぜい驚け。」
『…それと、その右目…。分かる者が見ればすぐに精霊を宿している事が分かるでしょう。あなたがその聖剣や精霊に見合う実力をつけるまでは、隠しておいた方が良いでしょう。』
正直、人とは違う存在になったと言われても実感が伴わない為、その意味は殆ど理解できなかったが、最後のペガサスの言葉だけはフィランドにも理解できた。
……とにかく今は1日でも早くリアを守れるだけの力を身に付けなければ。その為には…
水の神殿にて-3 END
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