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第5章ー6 新しい日々-5
◇Side:カルラ
先日の魔物襲撃の際、瀕死の深手を負ったフィランドを、リア・クランツが助けたという事実は、理事長の判断により伏せられている。魔物の襲来の事実と、フィランドが瀕死の重傷を負った事は公開されたが、それを撃退したり治療したのは教師たちという事になっている。
事実を知っているのは、理事長及び教師の一部と私、そしてルシェだけた。
私はフィランドが受けた実際の傷を見ていないため、どれほどの傷をリア・クランツが(正確にはその召喚獣たるペガサスが)癒したのかまでは正確に把握していなかった。
しかし、クランツ兄弟が、とんでもない力を持っていることだけは分かった。
分かっていたはずなのだが。
それでも私はリア・クランツを侮っていたようだ。
実際、生徒会室の窓を開け放ってからのリア・クランツは凄かった。
まず、只でさえ気まぐれで扱いにくい風の精霊に対し、召喚すらせず、ただ「遊ぼう」と呼びかけただけで、軽く50の精霊を集めた。
更には。
「……いく、よ…?……いっぱい、とれた、こが、かち!」
そう言ってリア・クランツはケット・シーに手伝ってもらいながら、窓の外に集まった精霊達に向かって1000枚以上はある書類の束を次々と放り投げた。
この行動にはフィランドも黒い顔が青くなる位驚いていたが、結果的には全ての書類が風の精霊達によって集められ、しかも回収する時にきちんと仕訳され、普通にやれば小1時間はかかる作業がものの3分で完了したのだ。
見事勝利した精霊には、リア・クランツが何かをしたようだが、その場面のみペガサスによって強力な結界が張られたため、見る事が出来なかった。
だがもう十分だった。
リア・クランツを見極めるには。
間違いなくリア・クランツは “そう”なのだろう。
私は心を決めた。
「………ヒコクに行ってみるといい。」
ヒコク。
彼の国、独特の文字で表すと「緋国」となる。
そこは世界から忘れ去られた火山島にある小国で、黒髪に黒い瞳の民族が幾つかの小さな集落を作り、独特の文化を築いている。
他国との交流も無く、たまに遭難者が辿り着く事はあっても、大きな船も無ければ港も無いその島から出る事は叶わず、生涯をそこで過ごす事になる。
逆に、島の者が何らかの事情で海を漂流し、外国へ行き着く事がある。
今より40年以上前、1人の若者が漁をしていた際、運悪く嵐に巻き込まれて船ごと漂流し、奇跡的に北の大地へ辿り着いた。
その若者こそがカルラの父であり、ヒコクの巫女から“いずれお前の血筋の男児が、ファルシオン様縁の者をここへ導くだろう”と予見されたテッペイ・ヤギューだ。
カルラは、ファルシオン縁の者をヒコクへ導く役目を持つ者、として、幼いころからヒコクの話を聞いて育ったが、父から固く口止めされていたため、この話は母にすらした事が無い。
就学してからは忙しく、父のその話を思い出す事もなかったが、リア・クランツを見て、何故か一気に思い出した。
そうして私は。
「……ヒコクへ行ってみるといい。…案内役は私が担おう。」
そう口にしていた。
新しい日々 5 Side:Kalula Yagyu END
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