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第5章ー7 忘れ去られた国-1
カルラ・ヤギューからヒコクの話を聞いたその3日後の連休、リア達は予定通りマルシエに帰省していた。
フィランド・イプサムも同行している。
移動陣まで迎えに来ていた家族達に、リアが可愛い声で「ただいま」を言うと、家族全員が交互にリアを抱き上げ抱きしめキスをして、離れていた分を取り戻す勢いで構い倒す。
聞きしに勝るリアへの溺愛振りに、フィランドは若干引き気味、ライナーやシェラサード、エスポワールは疲れた目をしている。
取り敢えずは満足した家族達に、改めてフィランド・イプサムが挨拶をし、それぞれが簡単な自己紹介をすませると、ようやく一行はホームに向かって移動を開始した。
道中、既に180cmを超えた双子達と手を繋いだリアは、気まぐれに双子達が繋いだ手を「ピョ~ン!!」と言って高く上げてはリアを持ち上げるのに、喜んでキャッキャッとはしゃいでいる。
そんな可愛らしい様子を見守りながら、ライナーとフィランドはヒコクの件を家族達にざっくりと伝えた。
それを聞いたキリエが、エスティが生まれた書庫に参考になりそうな文献があった事を思い出す。
「…エスティが生まれた例の書庫に、“忘れ去られた島”という文献が幾つかあった。もしかしたらその中にその“ヒコク”の記述もあるかもしれない。」
それから全員で書庫へ行き幾つかの文献を見たが、地図には載っていない精霊や聖獣が信仰されている島や、小国の情報が幾つか得られたのみで、ヒコクという名の国、あるいは島について決め手となる文献は見つからなかった。
さらに10日後の連休前日。
結局は行って確かめるしかないという事で、まずはカルラの父・テッペイ・ヤギューに会って話を聞く為、リア達一行は、授業終了後すぐにカルフィール魔法学校最寄りの町・ルブランへ向かい、そこから長距離定期馬車に乗り、西へ約140キロ離れたカムールの町へと向かっている。
案内役はもちろんカルラ・ヤギューだ。
馬車内は普通席と4つのコパートメント席とに分かれており、今回リア達はコパートメント席を取る事ができた。
ちなみに、コパートメントには3人掛けの座席が向い合せに設置されており、6名まで座る事が出来る様になっている。
ルブランの町では緊張してライナーにしがみ付いて離れなかったリアも、馬車に乗りしばらく経つと、初めての乗り物を楽しむ余裕が出て来たようだ。
「…リア、楽しいか?」
まだルブランの町の中を走っている為、窓からは三角屋根の可愛らしい家や、店舗のカラフルな建物が沢山見えていた。
行き交う人々や、夕方のバザールの喧噪も聞こえ、リアは大きな目をきょろきょろとさせ、興味深そうにあちこち眺めている。
もちろんエスティを抱っこしたまま、ライナーの膝の上から降りる事はせず、ぴったりと引っ付いたままではあるが。
そうこうしている内に馬車は町を抜け、日が暮れて車内の魔装ランプが灯った頃、コパートメントにノック音が響いた。
代表してカルラが対応する。
どうやら車内販売のようで、気の良さそうな50歳前後の夫婦が3段になったカートを引いていた。
サンドイッチやホットドッグ等の軽食類の他、お茶やワインなどの飲み物、クッキーやスコーン等の菓子まで扱っており、時間的にも丁度良いので、夕食を購入する事に決め、カルラは皆を振り返った。
「丁度いい。夕食を買っておこう。…まだ先は長い。リア・クランツには菓子等も買ってやるといいだろう。…取り敢えず順番に選ぶといい。」
カルラは適当に自身の分を選ぶと、隣に座っていたフィランドに次を促す。
フィランドはカート内に強烈な食材が無いかを素早くチェックし、肉類がホットドッグに挟まったソーセージとサンドイッチのハム位である事を確認すると、さり気なくリアにストールを被せて抱き締めていたライナーに目配せする。
それを見たライナーがリアをそっと膝から降ろしてやった。
ちなみに、リアの膝にいたエスティはライナーの肩に移動し、ペガサスは擬態した上で結界を張り、姿を隠している。
「リア、お菓子を見てこい。好きなのを選んでいいからな。」
ライナーの言葉に嬉しそうに目を輝かせたリアは、カート前に立つフィランドの元へ行く。
そして今度はフィランドの腰に横からぴたりとくっついたリアに、フィランドはその逞しい腕をリアの細い肩にまわし、安心を与える様にしっかり抱き込んでやる。
楽しそうにアレコレ見ているリアに対し、信じられない程優しく相手をしてやるフィランドはカルラからしたらまるで別人で、正直何度見ても驚く。
ルマーシェ・ビラン等は、フィランドとリアのやり取りを初めて目の当たりにした際、ハッキリ気持ち悪いと言って口元を押さえ本当に顔を青くしていたくらいだ。
また、販売員の夫婦達も初めて見る人形の様に愛らしいリアにくぎ付けで、ついつい、あれやこれやと沢山のおまけをしてくれた。
「何て可愛らしいお嬢ちゃんだろ。いっぱいサービスしとくね!」
“さーびす”の意味が分からず、きょとんとしたリアに、フィランドが、“おまけ”してくれるという事だと教えると、可愛い笑顔でお礼を言い、その可愛さにやられて夫婦がまたおまけを追加する。
そんなこんなで、かなり時間はかかったものの、無事に食料を選び終えた今は、魔術の練習がてら、リアが風の魔術を使って先ほどおまけで貰ったリンゴの皮を剥いている所だ。
これについては、フィランドが最初に感じた様に、カルラもまた、
…なんて無駄な魔力の使い方を教えるんだ…
と思いながら見ていたのだった。
忘れ去られた国 1 END
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