104 / 163
第5章ー23 忘れ去られた国-17
◇Side:フィランド-2
あれから。
キリエさんがあっという間にガーゴイルの群れを殲滅し、リアと“お帰りなさい”と“ただいま”のキスを贈りあった後、船長から、穴が開いてしまった船底部分の修理をする為、2時間程ここに停泊する、という旨の説明を受けた。
それに対しキリエさんは少し何かを考えていたが、取り敢えず了解をして、今は全員部屋に戻り、カルラの召喚獣、精霊ノッカーのリックが淹れてくれたお茶を飲みながらの休憩タイムだ。
リアは初めて見たカルラの召喚獣に目を輝かせ、今もエスティとノッカーを囲んで楽しそうにしている。
そんなリア達を微笑ましく見ていると、キリエさんがライナーに
“邪気”をどうしたか聞いた。
「取り敢えず簡単な浄化はしておいた。…が、海底に向かう程穢れが酷い。俺が浄化したのは上辺部分だけだからな。まあ暫くは問題ないだろうが、一刻でも早くこの海域から離れた方がいいのは間違いない。」
ライナーの言葉に取り敢えず俺は安心し、リアに害が無かった事に満足していたのだが、隣で同じように話を聞いていたカルラは違ったらしい。
「……完全に浄化する方法はないのか?」
!!
カルラのその疑問は、普通で考えれば当たり前ともいえる疑問なのだが、俺はそれを俺自身が考えもしなかった事に驚いていた。
間違いなく、昔の俺であれば同じような疑問を感じていたはずだ。
しかしいつの間にか、リアに害が有るか否か、を基準に考えるのが当たり前になっており、…流石にリアだけが良ければいいとまでは言わないが、リアに実害がない事に対しての関心が極端に薄くなっている。
改めてその事に気付かされた俺だが、その事に対する罪悪感等は全く無く、むしろ他への関心が薄くなった分、リアだけの事を考える時間が増えたという事にもなるので、嬉しいくらいだった。
さて、カルラの質問に対するライナーの答えは、
「……何の為にだ?」
…まあ予想の範囲内だった。
それはカルラも同じだったらしく、ふう、と仕方ないとでも言うような溜息を吐くと言葉を続けた。
「…ここは主要な航海路の1つだからな。毎日沢山の船が通る。どうせ2時間はここを動けない。少しでも危険を減らせる方法があって、それが私に出来る事ならやっておこうと思っただけだ。」
「…なるほど。俺には全くわからん理由だな。…結論から言えば、お前に出来る事は無い。諦めろ。」
冷たい瞳で取り付く島もなく言い捨てたライナーは、そのまま席を立ってリア達の元へ行ってしまった。
そして今見せた表情が幻かと思う程優しい笑顔で、リアやエスティの相手をしてやっている。
「…まあ、そうなのだろうな。」
俺と目を見合わせたカルラが苦笑いで呟いた。
そんな俺達を見てキリエさんはクスリ、と小さく笑うと、
「すまないね。…これは私達家族全員に言える事だが、自分達以外にほとんど関心が無くてね。分かり易く言えば“人間嫌い”だ。だから自分達以外の者の為に力を使う事など考えもしないし、理解も出来ないのだよ。」
優し気な微笑みを浮かべさらりと話してはいるが、その内容は結構キツイ。
「それにしても。君はあの子との距離の取り方というか…付き合い方を良く心得ているね。…これからもよろしくね。」
そこでようやく、うすら寒い会話が終了したと思ったのだが、今度は隣にいた俺を見てキリエさんが、ニッコリと微笑む。
「ふふ。良い練習相手(カモ)が来たみたいだよ。…フィランド君、君に圧倒的に足りないのは“実践”だ。……さあ、行っておいで。」
!?
そう言われライナーを見ると、奴は既に異変を感じてリアを守る様に抱き上げており、俺は急いで魔力を高めて精神を統一する。
すると、かすかに魔物の邪気を捉える事ができたが、キリエさんが言う通り圧倒的に実戦経験が少ない俺には、その邪気がどれくらいのレベルなのかまでは判別できない。
そうして。
魔力を高めていく俺を見ながら、キリエさんはあのイイ笑顔で、
「今回はフィランド君にお願いしよう。」
そう言ったのだった。
その言葉をライナーの腕の中で聞いていたリアは、一瞬きょとん、と目を大きく開いた後、俺を見て手を伸ばす。
「フィラ、ンド、…おしご、と……?」
ライナーから大切にリアを受け取りながら俺は恒例となった、“行って来ます”のキスをその柔らかい頬にする。
リアは複雑そうな表情で俺を見ていたが、やがてぎゅう、と俺に抱き付いた。
「……ふぃらん、ど。…けが、しない、で…ね。」
愛しい主からの嬉しい激励に、ぽんぽんと優しく頭を撫でる事で答えた俺だが、不意にユグが漲って行くのを感じた。
リアは気を許した相手に対しては、こうして無意識にユグを分け与えたり、穢れたユグを浄化したりする。
初めてその事に気が付いたとき、この行為はリアに害は無いのかとペガサスに確認済のフィランドである。
無意識にやっている事なので、本人に害は全く無いとの事だったので、不意に時折贈られるコレをありがたく受け取ってはいるが、本来守るべき主人に逆に守られているようで、フィランドとしては複雑な思いだ。
だが逆に、それだけリアが自分に心を許してくれている証なのだと、誇らしい気持ちにもなる。
まずはその想いに答えるだけの物(実力)を身に付けなければ。
フィランドはもう一度リアにキスを贈ると、ライナーにリアを預け、プライベートテラスへと出ていくのだった。
忘れ去られた国17 END
ともだちにシェアしよう!