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第5章ー25 忘れ去られた国-19
見事制限時間内に魔物を殲滅し、プライベートテラスへと戻って来たフィランドを迎えたのは、満面の笑みで走り寄って来たリアだった。
きゅうぅぅ、と腰辺りに抱き付かれ、小さな頭をぐりぐりされると、どんな疲れも一瞬で吹き飛んでしまうから不思議だ。
体の力がすーっと抜け、花の様に甘やかなリアの香りが、尖っていた神経を優しく癒す。
そうして、ふっ、と小さく微笑んだフィランドは、リアをそっと抱き上げた。
「ただいま、リア。」
そう言って柔らかな頬にキスをしたフィランドに、にこぉ、と愛らしい笑みを見せたリアは、
「…おかえ、り…なさい。……おめ、め、…あか。…シェ、ラと、いっしょ………きれい、…ね///。」
フィランドの右目付近をぺたぺたと可愛らしい仕草で触りながら、リアが言った通り、フィランドの緋色の右目は、魔力を最大限に高めた名残と戦いの興奮で、常より深く輝いていた。
しばらくの間はうっとりした表情でフィランドの瞳を眺めていたリアだが、はっ、と思いだしたように、そのまま緋色の右目に、ちゅっ、と“お帰りなさい”のキスをする。
「……あの、ね、……あとで、リアと、エスティ…と、はなび、ごっこ、…しよ……ね…?」
リアから思いっきり期待を込めた表情で見つめられたフィランドであるが。
……花火、ではなく、花火ごっこ……?
…それは一体どんな遊びなんだ……?
リアが望むなら何だってやるつもりのフィランドであるが、流石にまさか自分が “花火役” をやらされる等とは考えも付かず、頭を悩ませるのだった。
さて、航海の方は。
その後は魔物の襲撃もなく、約4日の航海を経て、いよいよ航海図に無い、未知の領域へと突入していた。
未知の海へと入って約半日。
時刻はカルフィン時間で、午後2時頃。
船の周りはベテラン船乗りでさえも、これまで経験したことが無いような深い霧に包まれていた。
視界は精々5m。このまま航行するのは非常に危険なレベルである。
その為先程、霧が晴れるまではこの場で船を停止させる事にすると、船長と航海士から説明があった所だ。
その説明を、キリエは致し方ないという表情で。
ライナーは憮然と。
フィランドは無言。
そしてカルラは訝しげな顔で聞いていた。
リアとエスティはシェラに見守られながらお昼寝中である。
船長達が去った後。
「…それで、カルラ君は何故そんな顔をしているのかな?」
「……。」
キリエの質問に、カルラはリビングの大きな窓を見つめる。
「…カルラ?」
様子がおかしい従兄の様子に、フィランドもどうしたのかと問う。
「……私には船長達が何を言っているのか理解できなかった。フィランド、お前にも“霧”は見えているのか?」
「…!…まさかこの霧が見えていないのか?」
「…見えないも何も…私には今までと何も変わらず、青い空と海が見えているだけだ。」
それを聞いたキリエは面白そうに口元を緩めている。
「ふふ…面白いね。私達とカルラ君では見ている景色が全く違う。…ならばこの霧は、ヒコクを隠す為の目くらましのような物かもしれないね。コレが君に影響しないのは、君が導き手であるからだとすれば、納得がいく。」
「…なるほど。だが例えこの霧が目くらましであったとしても、そいつ以外の全員、コレが見えているんだ。その状況で人間共に出発しろと言っても無理だと思うが。」
にべも無いライナーの言葉にキリエはクスクス笑いながら、
「そうだねぇ。ここは導き手たるカルラ君に頑張ってもらうしかないねえ。…あのペンダントは何の反応もしていないのかい?」
「……今のところ、特には。」
「そうか。…ならまあ取り敢えず、リアが起きて来るのを待ってみようか。…大丈夫。リアにはこの手のまやかしはまず通じないからね。君と同じ景色が見えるはずだよ。」
忘れ去られた国19 END
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