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第5章ー26 忘れ去られた国-20
1時間程すると、リアがキリエと使っているベッドルームから可愛い笑い声が聞こえはじめ、2時間たっぷりお昼寝をしたリアとエスティが、寝起きからまた仲良く遊び始めているのだろう姿を想像した保護者達は、自然と口元を緩ませている。
ややあって寝室のドアが開き、元気いっぱいのリアとエスティが走って来た。
「にぃ、ライナー、フィ、ランド、カルラ~。…おはよ、なの!」
そう言ってソファに座っているキリエにダイビングするように抱き付き、そのまま膝に顔を埋めてぐりぐり、すりすりする仕草は、子猫のような愛らしさだ。
キリエは優しく髪を梳いてやりながら、リアの好きにさせている。
やがて満足したリアがキリエの膝に手をついて顔をあげると、キリエはリアを抱き上げて頬にキスをしてやる。
「おはよう、リア。よく寝ていたね。」
「……ん。…リア、いっぱい…ねたの。……だから、…ん、と、……いっぱい、…あそぶ。……プール、…いく、の…。……ね、にぃ、…リア、おきが…え、さし…て……?」
そんなリアに、「でもね、リア」、とキリエはリアに外を見るよう促す。
「お外を見てご覧?お水で遊べそうなお天気かな?」
!!!
キリエの意図を察した他の3人も、リアをじっと見つめ、その答えを待っている。
しかし問われたリアは。
「……??」
きょとん、とした表情で不思議そうにキリエと窓の外とを見比べており、その仕草からリアにも“霧”は見えていない事を皆に確信させた。
そしてキリエの視線はリアからシェラサードへ向けられる。
無言の問いかけを正しく理解したペガサスは、
『……古い、とても古い幻覚魔法の力を感じます。ただ主に害は全くありませんし、攻撃して来る訳でもありませんから、特に問題ないでしょう。』
実にリア至上主義らしい答えをくれたのだった。
さて。
プールで遊ぼうと思っていたリアだが、一緒にいたエスティが
「お外が真っ白にゃ!」
と言った事により、何かがおかしい事に気付く。
すると、ライナーがリアにも分かりやすいよう、ゆっくり優しくみんなとリアやカルラが見ている景色が違う事を説明してくれた。
リアはライナーのその説明に、少し何かを考えたあと、おもむろにリビングの窓を開けると。
「……かぜ、…の、せいれい、さん。…リア、のとこ、……きて」
その声と仕草に、フィランドやカルラはいつかの生徒会室の再現のようだと、何となくこれからリアがやる事が分かるような気がしていた。
同じ場面を見ているライナーにもそれは言える事で、あの騒動とその時の人間達のビックリ顔を思い出し、小さく笑う。
そして念のためにリアの後ろに立つと、そっと抱き上げた。
リアの声(言霊)は付近のユグを活性化させ、その声を遠くまで運ぶ。
しばらくの後、幾つもの風が吹き抜け、船の周りには100を超える風精霊達が集まって来た。
それを見て、リアは集まった精霊達にぺこり、とお辞儀をすると、可愛いお願いをした。
「…せいれい、さん。…リア、は、…みえな、い…けど、『きり』?さん…が、ないところ、…まで、リアたち、……つれて、って?」
その言葉を聞いた風の精霊達は、お互いに顔を見合わせ頷き合うと、全員でリアを見てにっこり笑った。
『マカセテ。ユーグノコ。ワタシタチガ、キリノナイトコロマデ、ハコンデアゲル。』
言うが早いか、船は物凄い勢いで移動を始めた。
ライナーですら立っていられず、リアを抱いたまま思わず膝をつくほどのスピードである。
船が動き始めてすぐ、ブリッジの船長から切羽詰った声でキリエ達を呼び出す放送が入ったが、リアの意図を汲んで進む船は引き返すのではなく、ちゃんと前に進んでいるようなので、取り敢えずそちらは放置する事にした。
この船の最高速度は30ノット(時速約55km)である。
だが今、霧の中をぐんぐん進んで行くその速度は、40ノット(時速約74km)まである船の速度計を振り切っていた。
体感速度で言えば、蒸気機関車と同じくらい(時速約120km)かもしれない。
ありえない事態に、船長をはじめベテランのブリッジ要員達は計器や椅子にしがみ付きながら、顔を引き攣らせている。
そうして30分ほどの恐怖体験の後、船は速度を落とし、あの視界を真っ白に染めていた霧もすっかり無くなっていた。
自由な風の精霊達がバラバラに去っていくのを最後まで見送っていたリアは、少し疲れている感じのライナー達を見て、不思議そうな顔をしていたが、早速エスティに一番気になる質問をした。
「…ね、エスティ。……きりさん、…まだ、…ある…?」
移動の間、キリエに守られるように抱かれていたエスティは、リアの言葉に外を見ると、キリエの腕からぴょんと飛び降り、リアの元へ駆けて行く。
「にゃあ!凄いにゃ!晴れてるにゃ!」
「……よか、った///。…ね、エスティ、……プール、あそぼ。」
しかし盛り上がっている2人にカルラが待ったをかけた。
「…リア・クランツ、残念だが遊んでいる時間は無いようだ。」
そう言ってカルラはデッキに立ち、手にしたペンダントを掲げた。
忘れ去られた国20 END
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