110 / 163

第5章ー29 緋国へ-3

誘導船が近付いて来たのが目視できてすぐ。 海面ギリギリまでタラップを降ろし迎えに出たのは、キリエとカルラ、そして船長と航海士だ。 小さな誘導船には島の住民が3名乗っていた。 どういう身分の者かは不明だが、皆、長い黒髪に黒い瞳、外の世界では見た事がない不思議な仕立ての衣装を身に付け、頭には風変わりな帽子をかぶっている。 やがて誘導船がタラップの横に付けられると、一番前に乗っていた者が口を開いた。 「まずは長旅、お疲れ様でございました。皆様のお越しを我ら一同、心より歓迎致します。わたくしはこの緋国の長老の息子で緋の宮慧羅(ヒノミヤ ケイラ)と申します。後ろの者達は我が愚息で、右から兄の羅紋(ラモン)、弟の森羅(シンラ)です。」 独特な “なまり” のある発音で、一通りの紹介を終えた慧羅はカルラをじっと見つめる。 「……柳生鉄平殿のご子息ですな?よくぞ緋国へ戻られました。お役目達成、ご親族方が首を長くして待っておられましたぞ。」 次にキリエを見、 「神子様の守護者様ですかな?……この世の者では無い…とても高貴な血を継がれているようですな。」 「「………。」」 カルラもキリエもお互いに名乗った以外は、慧羅の言葉を否定するでも肯定するでもなく、ただ静かに三人を見つめているだけであったが、慧羅達もそれに対して気分を害する事も無く、話はそのまま下船から上陸までの団取りへと変わって行った。 ここ緋国は、外国船が着く事も無ければ外国へ行く船が出港する事も無いため、港は漁師の為にだけあるような小規模なもので、当然、リア達が乗って来たような大きな船が入港するのは無理だ。 そこで話し合いの結果、船は港から1kmほど沖合に停泊させ、 緋国へは船に備え付けてある30名乗りの救命船で上陸する事になった。 上陸するのはリア達の他、周辺の海の状況確認と物資などの補給交渉をするために船長と副航海士長が加わり、計7名と聖獣2体である。 それから。 しっかりとメイテのストールを巻き、ライナーに抱かれた状態で救命船までやって来たリアを見た緋の宮一行は、一斉に膝をついて頭を垂れ、彼らの国での最敬礼を取った。 「ようこそお出で下さいました、神子様。我ら、神子様及び守護者の方々のご来臨を心より歓迎致します。」 丁寧な挨拶を受けたリアであるが、見慣れぬ出で立ちと不思議な “礼” に、ちょっと吃驚してしまったのか、ライナーにぎゅう、っと抱き付いて顔を隠してしまった。 「……神子様…?…申し訳ございませぬ。我ら、何か失礼をしてしまったでしょうか?」 「いいえ。…ただこの子はとても人見知りが強い子なので。……少し慣れるまではそっとしておいて頂きたい。」 キリエは、心なしか顔を青くしている緋の宮氏にそう告げると、それ以上の言葉を遮る様に救命船へと乗り込んだ。 10分ほど救命船に揺られやって来たそこは、正しく異国。 港には長きに渡り待ち続けた “神子様” の姿を一目見ようと、沢山の人が集まっている。 マルシエでは勿論、レイゴットやカルフィンでもとても珍しい黒髪黒目の者がこれだけ集まっているのは圧巻で、その最前列には責任者と思わしき老齢の男性が凛とした佇まいで、近付いて来る救命船を見つめている。 ……多分あれが “長老” なのだろう。 目があったカルラが軽く目礼をすると、やや目元を綻ばせた老人は、隣にいた壮年の男性に何かを話している。 船が小さな桟橋に到着すると、歓迎の声がそこかしこで上がり、やがて大歓声となってリア達を包んだ。 しかしリアはそれに益々怯えてしまい、それを見たライナーは周囲に威嚇の視線を飛ばし、フィランドはライナーに抱き付いているリアを背中側から守る様に抱き、少しでも群衆の視線からリアを遠ざけようとしている。 キリエは。 群衆に向かってにっこり美しく微笑むと、右手を高々と上げ、巨大な稲妻を空へと放った。 そして驚きで一斉に押し黙った群衆に向かい、 「……うん。それ位静かにしていてくださいね。 “神子様” は大きな声で騒がれるのが好きでは無いのです。」 やはりここでも傍観者であったカルラと、短い時間ではあったが笑顔のキリエの怖さを思い知っている船長達は、今緋国の民を襲っているだろう恐怖を思い、心の中で同情するのだった。 緋国へ 3 END

ともだちにシェアしよう!