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第5章ー32 9尾の狐が守る国-3

リアの力を感知した水晶はふわりと浮き上がり、やがてゆっくりとその記録を映し出した。 「やあ、ユーグの子。僕はファルシオン。これを君が見てくれているという事は、君は無事緋国に来てくれたということだね。まずはありがとう。心からお礼を言うよ。」 長い黒髪に黒い瞳、年齢は20代半ば位だろうか、美しい容貌の青年がにっこりと微笑んでいる。 「…君が僕について、そして君自身についてどれだけの事を知っているのか分からないけど、今からこれから君が生まれた時の事、そして僕が後世に残してしまった負の遺産について話すね。…これを聞いて、その後どうするかは君自身に決めて欲しい。」 それだけ言うと、ファルシオンは自身の記憶を呼び起こすように、魔力による映像を写し始めた。 あまり知られていない事だけど、僕達は魔王に2度挑んでいる。 1度目は圧倒的な力の差で負けたばかりか、手酷い傷を負わされた上、“次元の狭間” に飛ばされた。 戦う力を持たない僕は、傷ついた仲間達を癒すのに必死だった。 上も下も、右も左も無い異様な空間は、幸いにも魔王から受けた穢れた傷の進行が人間界よりも遅く、何とか全員を助ける事ができた。 それから僕は気を失って……気付いた時、見た事も無い美しい場所にいた。 それが、君が生まれた “ユーグの世界” だ。 そこで僕は僕の運命ともいえる、ユーグの王と出会った。 純粋で穢れない彼を僕は愛し、彼もまた僕を愛してくれた。 そして仲間達が回復するのを待つ間、ユーグの世界のあちこちを見て、僕は何故このユーグの世界がこんなにも美しいのか気が付いた。 それは人間界には無かった、大樹ユグドラシルから絶え間なく生まれる “ユグ” 。 その自浄作用と、ユグから生まれる精霊達の存在によるものだった。 そこで僕は魔王の影に怯えて暮らす人間の為、ユグを人間界にも循環させてほしいとユーグに頼み、彼は二つ返事で答えてくれた。 ユグが人間界に解放されれば、ユグの自浄作用とそこから発生した精霊達の力によって、血と邪気で穢れた大地は癒され、魔物の繁殖も少なくなると考えたんだ。 ……でも、僕は甘かった。 僕の想定以上に人間界の穢れは深刻で、穢れを浄化しきれないまま、本体である大樹ユグドラシルに戻ってしまうユグが大量に発生した。 その為ユグドラシルは急速に生気を失い始め、事態を重く見たユーグから、人間界へのユグの供給を打ち切ると言われた時、僕はどうしようかと迷った。 でもユグのお蔭で、少しずつではあっても確実に穢れが浄化されている人間界を見ていたため、結局僕はもう一度ユーグに縋り付いて頼んだんだ。 …人間界を、…僕を見捨てないで、…せめて魔王を封印するまで待ってほしい…と。 彼は悩んだ結果、僕の願いを聞いてくれた。 更には共に魔王討伐の旅に付いて来てくれるとまで申し出くれ、力強い味方が増える事に同行者達も喜んだし、僕自身も彼と一緒に旅出来る事を嬉しく思った。 実際に人間界に出た彼は、邪気の多さとその余りの疲弊具合に人間を憐れみ、その胎内に宿るユグすらも人間達に分け与えてくれながら、旅をしてくれた。 だが魔王城が間近に近付いて来た頃、ユーグに大樹ユグドラシルからの悲鳴のような悲しみに暮れた声が届いた。  …王よ、わたしはこれ以上の穢れには耐えきれません。  人間界へのユグの供給を止められないならば、せめてユグの循環を止めてください。  …王よ、お願いです。 このままではわたしは枯れてしまいます。 その声はユーグから僕達にも伝えられ、僕達は話し合った結果、僕が見て来た土地の中で一番穢れの少なかった僕の故郷……彩国に穢れたユグを集める事にした。 …だが世界中から穢れたユグを集めるような事をすれば、彩国だって大変な事になる……そこで僕は国に一旦戻り、ここは危険だからと、国民達にすぐに違う土地へ移るよう指示をした。 僕を心底信頼してくれていた民たちは、殆ど理由も聞かないままに言う通りにしてくれたよ。 母国を犠牲にしている間に、とにかく魔王を封印してしまおうと考えたんだ。 そうして僕達はユーグの力もあり、2度目の挑戦で魔王を封印する事に成功した。 その時魔王が最後に僕達に向け放った言葉、  …私を封印しても一時の安らぎを得るだけだ。人間は光と闇、両方を持っている。そもそも私という存在を生み出すのは人間なのだからな。  見ているがよい。いずれ私は必ず復活し、再びこの世を邪気で満たすだろう。 “ヒトが魔王を生み出す”その言葉は呪いの様に、僕にも仲間達にも重く圧し掛かっていた。 取り敢えず僕達は魔王と戦って傷つき穢れた体を休めるため、再度ユーグの世界に招かれた。 そこは相変わらず美しい世界だったが、空の色、大地の香り、…何とは特定出来ないが、何かが明らかに違っており、訝しみながらも大樹ユグドラシルの所まで来た時、僕達は凍り付いた。  大樹はその殆どの葉を失い、辛うじて残っている葉も皆枯れ果て、枝も所々腐って落ちてしまっている。 「……そんな……これがあの大樹なの…?」 「……ユグドラシル、我が声が聞こえるか?」  …王よ、すみません。  やはり私は枯れ行く運命の様です。  ……人間達よ、私にはもうあなた方が穢したユグを浄化する力はありません。  王がお決めになられた事です、…あなた方を恨む事は致しません。  ですが王よ、私の最後の願いです。  この私に宿った、穢れ無い最後の実。 …この子だけは守ってあげたいのです。 9尾の狐が守る国3 END

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