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第5章ー33 9尾の狐が守る国-4
そこまでで一度ファルシオンが作り出していた映像が途切れ、再びファルシオンが薄い微笑みを湛えてこちらを見ている。
「ユーグの子、君はあの最後の実から生まれた命だ。そして君が “ユグドラシルの子” ではなく、“ユーグの子” と呼ばれるのは、ユーグがその力を君に分け与え、自身の後継として君を選んだからなんだ。」
そこでファルシオンは少し俯き、何かを耐えるような仕草をした後、顔をあげた。
「……続きを見せるね。」
「……何と言う事だっ!………すまないユグドラシル!」
ユーグは大樹の前に崩れ落ち、今は細く荒れてしまった幹を抱き締め、己のユグを開放した。
……王よ、無駄です。
私は枯れ行くのみ。
「……そなたは私がこの世界で最初に創り出した命。…その後に出来た全ての命の源とも言える存在だ。…そなたを枯れさせる訳にはゆかぬ。そうなればユグの穢れは人間界のみならず、幻獣界までを侵し、全ての世はたちまち人間の穢れで埋め尽くされ、魔王が残した言葉の通り、その穢れを糧に魔王は復活するだろう。」
そう言ってユーグは魔力を高めていく。
それを見ていたファルシオンが慌てた様にユーグに縋り付く。
「…!!ちょっと待って!ユーグ何をする気なのっ!?」
「……ファルシオン、すまない。このままでは全ての世界が壊れてしまう。一度人間界の穢れは全て人間界に戻す。」
「…そんなっ!そんな事をしたら人間界はまた……!!」
「…そうだな。穢れの悪循環により、魔王が復活するやも知れん。」
「そんな……!他に、他に方法は無いの?」
「……無い。このまま全ての世界が崩壊していくのを見るか、人間界のみに留めるか、…どちらかだ。……いや、1つだけある、……か。」
「何?どうすればいいの?何でも言って!」
絶望に歪んでいた顔に少しだけ期待を乗せ、ファルシオンをはじめ旅の同行者達がユーグを囲んだ。
「……そなたの国に自浄作用が働かない程穢れたユグと私をまとめて封印する。そしてその封印の中で長い年月をかけ私自身がユグを浄化していく。そうして全てのユグの浄化を終えた時、そのユグをユグドラシルに還せば、大樹は再び力を取り戻すだろう。それに、今は人が棲めない程に穢れてしまったそなたの国も蘇る。」
「でもそんな事をしたらユーグがっ!!」
「……私はそなた達とは全く異なる存在であり、“死” という概念は無い。仮に全ての力を使い果たしても、長い眠りに就くだけだ。」
そこでそれまで2人のやり取りを見ていた同行者の一人、どこかキリエに面差しの似た者が口を開いた。
「……しかしユグドラシルが危険な状態である事は変わりません。貴方の言う “長い時間” の間に大樹が枯れてしまっては意味がないのでは?」
「…マクフェルの言う通りです。…それに残されたユグは還る場所を失う事になります。また汚染されたユグが溜まって行くのでは?」
「…マクフェルッ!カルフィールまでっ!!」
まるでその問題が解決されれば、ユーグを封印する事自体には反対していないような同行者達の言葉に、ファルシオンは思わず声を荒げる。
「それは大丈夫だ。ここは私の世界。私が封印されればこの世界も閉じられ、その時間も止まる。…つまり現状のまま維持されるという事だ。残されるユグに関しても、本来ユグは自浄作用を持っている故、大樹に還らずとも問題ない。…ただ1つ。魔王が残した言葉の様に人間が邪気を生み出さない限り、という前提があるが。…それは人間であるお前達次第だ。」
「「……。」」
「仮にお前達が邪気を生まない自身が無い、と言うのなら、私はこのままお前達と人間界で穢されたユグを掃き出し、私の世界を閉じて、ユグの流れを元に戻す。」
「……ユーグッ?!……それは僕とも別れるって事なの?」
「…すまない。…そなたらが人間に対し責任を負っている様に、私もまた王としてこの世界と幻獣界を守らねばならんのだ。」
「そんな……」
揺るぎないユーグの言葉にファルシオンはその場に崩れ落ちる。
そんなファルシオンを支えてやりながら、優しげな面持ちの少年が続けて質問をする。
「……もう1つお聞きしても?…仮に貴方が彩国の封印の中で全てのユグを浄化出して大樹に還し…大樹が蘇ったとして……その後は?大樹のユグを人間界にも開放してくださるのでしょうか?」
「…その時の人間界の在り様による。人間界が人々による邪気に侵される事も無く、平和にあるなら、そなたの言う通りユグを開放しよう。…逆に再び魔王を呼び起こすような穢れを纏っていた時はそのまま捨て置く。」
!!!!!
「…3択だ。このままユグドラシルが枯れるのを容認し、全ての世界が共に滅ぶのを見るのか、人間界に穢れたユグを戻し、魔王の復活を許して人間界を滅ぼすのを待つか、私を封印して、後の事はその時を生きる者達に託すか…どれかだ。」
そこでまた映像は途切れ、ファルシオンが現れた。
「……結局僕が選んだのはユーグを封印する事だった。…愛するユーグを犠牲にしてでも、人間である僕にはどうしても人間界を滅ぼす、という選択肢は選べなかった。
…封印する前、ユーグはユグドラシルが大切に守っていた実を採ると、その実…すなわち “君” に優しく語り掛けた。
自分が封印されている間は、君がユーグの目となり翼となって幻獣界や人間界を見ていてくれ、と。そうしてユーグは君の実を割ってその魂を “命の大河” に流した。」
9尾の狐が守る国4 END
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