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第5章ー34 9尾の狐が守る国-5

「命の大河って言うのは、ユグが通る道のような物で、ユーグの世界から次元を跨ぐように流れているんだ。…元々幻獣界にしか繋がっていなかったのを、ユグの解放時に人間界にも繋げた。 …流れてゆく君の魂を見ながら、僕は何故かその魂が人間界に辿り着くだろう事を確信していた。 …だから僕はユーグの封印後、僕の出来る事として、君の魂が人間界のどこで生まれてもユーグの世界へ辿り着けるよう、君にしか反応しない物を各地に残す事にした。 ここ緋国にも1つ、これを置いて行くよ。」 そう言ってファルシオンが見せたのは、枯れた木の枝で出来た30cm位の横笛だった。 先日のイプピアーラの例で考えるなら、おそらくあれはユグドラシルの枝で出来ているのだろうと、映像を見ながら守護者達は考える。 「…僕は人を信じている。…そう思いながらも、こうして平和になった世界を旅するにつれ、人はとても自分勝手で欲深い生き物である事を嫌と言う程知った。 …それに何より、僕自身が一番自分勝手だ。故郷を犠牲にし、ユーグを犠牲にし……ひいては、人間の為に全く関係の無い幻獣界まで巻き込んだ。その罪はどうやっても償いきれる物ではないけれど、せめてもの償いとして、世界を巡り終えた後はユーグの世界へ行き、命ある限り大樹の浄化をしようと思う。 …ユーグの子、君が生まれるまでにユーグが目覚めていれば良いのだけれど、多分それは難しいだろう。だからこそ、あの時ユーグは自身の力の一部を君に注いだ。 君はいずれユーグの世界へ還る事になる。その時、大樹の穢れは浄化され、あるべき姿に戻るだろう。 人間界にユグを開放するかどうかは君が決めてくれればいい。 もちろん、君が嫌ならユーグの世界へ還らない、という選択をしても構わない。ユーグは全てを君にゆだねるという判断をした。 重い選択を君に押付けてしまった事は本当に申し訳なく思っている。最初に言った通り、君は君の思うようにしてくれたらいい。 …君の幸せを祈っている。」 そこで宙に浮かんでいた水晶は輝きを止め、そっと元あった水晶台の上に降りて来た。 誰もが静まり返っている中、香月が静かに口を開く。 「ここへファルシオン様がいらっしゃった時、犠牲によってしか平和をもたらす事が出来なかった事をとても後悔していたと伝わっています。3つに分かれてしまった国を纏めては頂けないのか、と聞いた当時の巫女に対し、国を犠牲にした自分にその資格は無いと言われ、断られたそうです。」 「…なぜこの国は封印を?」 「…世界を旅する中、特殊な力を持つ我々が他国から狙われるのを危惧された為だと聞いています。」 カルラの静かな問いにそう答えた香月だが、そこで一度九重に視線を向けた。 「…俺が巻き込まれたのは、その封印に関する事だ。その頃、俺達精霊も聖獣も、比較的好きなように人間界に出て来ていた。幻獣界には陸と湖、あるいは泉しかないからな。人間界にある海が好きだった俺は四方を海に囲まれたこの島を気に入って、浄化した。そこへ彩国の一族がやって来た。」 「九重様は、そのお力で浄化されたこの島に、我々が住まう事を許してくださいました。」 「…暫くして、ファルシオンがやって来た。そして特殊な力を持つ一族を守る為、俺に力を貸してほしいと言った。正直、俺達の王とも言うべきユーグ様を封印したような奴に力を貸すのは嫌だったが、緋国の連中の事は嫌いじゃなかったから、協力する事にしたんだが…。」 「ファルシオン様は九重様と1度だけ、九重様のお力を自由に使える契約を成されました。」 「当然俺は、結界を張る為に俺の力を使うのだと思っていた。」 「しかしファルシオン様は九重様のお力を使って、結界を張るのではなく、九重様ごとこの島を封印されたのです。」 「なんと……!!」 予想外のファルシオンの行動に、当代は気絶寸前の様な面持ちで驚きを顕にし、他の者達もこれまで信じていたファルシオン像が根底から崩れ、中には涙している者もいる。 「…フン。正しく狡猾な人間が考えそうなやり方だな。言葉の “あや” を使った詐欺のやり口そのものだ。」 しかしライナーは相変わらず切り捨てるような物言いだ。 「それよりもユーグの王へのおねだりの仕方のほうが滑稽だったと思わないかい?…まるで安っぽい娼婦のようだったよねぇ。」 くすくすと美しい顔を冷たく歪めて嗤うキリエは、見る者の背筋を氷らせる威力を持っている。 そんな冷たい空気が漂う中リアは。 降りて来た水晶を不思議そうに見つめ、ちょんちょん、指先で突いたり、エスティと2人、大きな水晶の中を覗き込むように顔を近づけて見たりと、その構造に興味津々の様子だ。 そんな様子を微笑まし気に見ていたフィランドは、 「何か見えたか?」 と、優しくリア達の相手をしてやっている。 フィランドの質問に、今日はお揃いの赤いリボンを首に巻いた2人は、同じタイミングで首を横に振った。 愛らしい2人の仕草に思わず、ほわわん、とフィランドが癒されていると、方々から冷たい視線を感じた。 特にすぐ隣から強烈な視線を送って来るライナーに、 「…なんだ。」 努めて冷静な態度で聞く。 「……ファルシオンに興味を持てとは言わないが、…ちゃんと映像を見ていたのか?」 ライナーの問いかけに、フィランドよりも早く答えたのは、その腕に抱かれたままのリアだ。 「リア、みてたよ?…でも、ね、……はや…く、はなす、…から、リア、わか…らなく、なっちゃ、…た…の。……ね、ライナー、……あと、で、リア……に、…おしえて、……ね…?」 腕に抱いたエスティをきゅう、と抱き締め、上目づかいでお願いモードのリアは、ささくれだったライナーの心を癒す効果、抜群だ。 しかしその内容は、巫女をがっかりさせる効果も抜群だったが。 それでも、色々な緊張感から抜け出すきっかけにはなった為、取り敢えずここで一旦、香月と九重以外の者達は退出したのだった。 9尾の狐が守る国5 END

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