119 / 163
第5章ー38 9尾の狐が守る国-9
さて。
上位聖獣と精霊のお蔭でちょっとアレな空気が漂う室内だったが、そんな事は一切感じていないリアは、エスティを抱いたまま2体へと近づくと、九重から2歩分ほど手前で立ち止まった。
そうして一度エスティと顔を見合わせると、ちょっと恥ずかしそうにモジモジしながらも、意を決したように九重をじっと見つめ口を開いた。
「……ふー、しえん。…あの、ね?……リア、と…エスティ、……ふーし、えん、の……しっ…ぽ、…ふさ、ふさ、…して、…も……いい?……///」
数分後。
九重の許可を得たリアとエスティは、ファサファサと忙しなく動く沢山あるシッポの1つを追いかけてみたり、そのふさふさの1つに顔を埋めてみたりと思い思いに楽しんでいる。
しかし精霊が無条件に魅かれるリアと、庇護欲そそる子猫のケット・シー。
愛らしい2人に思いっきり懐かれた九重は、ドキドキ&キュンキュンが大波小波で押し寄せる状況に、10分も経つとヘロヘロになっていた。
もちろん守護者達はそんな二人を優しく見守っているし、特にキリエとペガサスの高性能記録玉は絶賛稼動中でテンションも上昇中だが、逆に緋国の者達は敬愛する守護獣・九重の初めて見る情けない姿に引き攣った笑みを浮かべている。
……両者の温度差は激しいようだ。
外野の状況は全く気にしないリア達であったが、ふと気が付くと、九重のあれほど上下左右にパサパサと動いていたシッポは全てだらりと床に落ち、頭も体も床にくたりと寝そべっている。
そんな九重の姿に、リアはその小さな顔を埋める様に抱き締めていた2本の尻尾を慌てて離すと、九重の顔の前に移動してぺたんこ座りをするとそっと九重の頭を撫でる。
「………ふー、しえん、…ど…した、…の?……つかれ、…た?……おひる、ね………す……る…?」
こてん、と右に顔を傾けたリアの右隣では、同じようにお座りしたエスティが、リアとは逆の左へこてん、と首を傾けるのだった。
……あぁぁ……もうやめてあげてください、神子様…!
その時、そこにいた緋国の者達の思いは一つだった。
それからややあって。
ライナーがリアとエスティを呼んで九重から離し、今ようやく室内は落ち着きを取り戻していた。
そんな中、先程入室して来た香月の兄であり次代・羅紋と言われていた若者が改めて挨拶をする。
「…改めまして神子様、そして守護者殿方、…私は次代・羅紋、この緋の宮を継ぐ身でございます。
…当代や巫女が代わる代わるお見苦しい所をお見せし、大変失礼いたしました。
当代は初めて見聞きしたファルシオン像に、やや我を無くしておりましたが、神子様方を歓迎する気持ちに些かも変わりはございません。
どうか無礼の数々、寛大なお心でお許しくださいますよう、お願い申し上げます。」
そうして丁寧に最敬礼をとった羅紋に倣い、香月達一同も深く首を垂れたのだった。
その後、次代・羅紋が九重に目配せすると、心得た九重がペガサスですら感心する程の強力な結界を張った。
先程まで可愛い2人に “ヤラレて” いた九重だが、リアが懐く内、無意識に九重の弱くなったユグを回復させていたのと、数百年ぶりに全ての尻尾が揃った事の相乗効果で、実のところパワー全快だ。
そうして一同はやっと本題に入ったのである。
まずは “彩国について” を香月が語る。
曰く、彩国とは生まれつき “紋” を持つ者が長となる3つの種族が集まって出来た国であり、中でも最も色濃く強い紋を持つ者が彩国の王となるのが慣わしであった。
3つの種族とは、緋の宮一族を長とするここ緋国(ヒコク)、黄の条一族を長とする黄国(コウコク)、そして蒼の杜一族を長とする蒼国(ソウコク)である。
紋を持って生まれて来た者は皆 “羅紋” と呼ばれ、いずれ一族を率いる者として大切に育てられた。
ファルシオンもここ緋国出身の羅紋であり、その紋の強さから彩国の王となるはずであった。
紋を持つ者は全て、緋の宮、黄の条、蒼の宮、の一族であるが、全ての時代に羅紋がいたわけでなく、存在しない時代もあったとの事。
ただし羅紋がいない時代は、疫病や自然災害等が度々起こり、人々を苦しめたのだと言う。
今の様に当代が存命中に、次代・羅紋が誕生するのはとても珍しく、これも神子様の恩寵なのでしょう、と香月は語った。
ちなみに、香月の語りの途中からリアはライナーの腕の中で、エスティはリアの膝の上で夢の中へと旅立っている。
そんなリア達を優しい目で見た後、九重と時代・羅紋と目配せをすると、一つ息を吐いた後、いよいよ本題の部分を語り始めた。
「……今からお伝えする事は、兄の次代・羅紋と、ここにおります数名の侍女のみしか知りません。
我が祖父である、当代・羅紋すら知らぬ事です。
…お恥ずかしながら、当代は思考がやや偏っております故、ファルシオン様に関する事はもちろん、羅紋一族に関する事でマイナス印象となる事については聞く耳を持ちませぬ。
故にこれまで話せずにおります。しかし神子様方にはお話せねばと思い、このような形を取らせていただきました。」
それは今より約80年前。
香月や次代・羅紋は勿論、当代ですらまだ生まれていない頃。
100年に一度訪れる“”彩の月” の時の事。
彩の月とは、ファルシオンにより一族間の交流でさえ禁じられた中、100年に一度、たった数時間だけ、3つの種族の巫女が100年間毎日祈りを捧げた月の宝玉を用い、他国の巫女と言葉を交わす事が出来る特別な儀式の事である。
我が緋国の先代の巫女も当然、彩の月に参加するため、月の宝玉を定められた祭壇へと奉り、その時を待っていたそうです。
やがて月の宝玉が輝きを放ち、彩の月が始まりました。
黄の条の巫女とはすぐに繋がり、お互いの近況などを報告し合いましたが、中々繋がらない蒼の杜の巫女の事を先代が心配し始めた頃、100年前の彩の月にも参加していた黄の条の巫女が「まさか……」と、震える声で語ったそうです。
100年前の彩の月。
蒼の杜の巫女が他の2人の巫女に涙ながらに、当代・蒼の杜羅紋の奇行を訴えた。
曰く、ある日突然、蒼の杜羅紋は、魔王に生贄を捧げなければ蒼国が滅ぼされると国民に訴え、家臣や巫女がどんなに訴えても、1日一人ずつ、国民を魔物に食わせて殺すという悪魔の様な所業を繰り返しているのだという。
それを聞いた2人の巫女は何とかしてあげたいと思ったが、しかし蒼の杜の巫女がそれを話す事を決意するまでに時間がかかった事もあり、わずか数時間しかない彩の月は何も解決しないまま終わってしまった。
それらの話を踏まえ、今回蒼の杜の巫女が彩の月に参加しなかったと言う事は間違いなく蒼国に何かが起っただろう事が推察できた。
しかし当時の緋国は羅紋不在の時代。
先代は相談できる者もなく、また、当代・羅紋が生まれた後も、祖父のあの性格ゆえに言いだす事が出来ず、結局この件は先代の巫女が亡くなる直前、次代の巫女と定められていたわたくしと、兄の次代・羅紋、そして数名の侍女が密かに集められ、口頭伝承されたのです。
9尾の狐が守る国9 END
ともだちにシェアしよう!