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第5章ー39 9尾の狐が守る国-10

香月から先代・巫女の話が終わると暫くの沈黙の後、やがて一同を代表するようにキリエが口を開いた。 「……失礼ながら、あなた方の同胞の国がどうなろうと、私達には関係ないと言うのが正直なところですが、 おそらくファルシオンはそのソウコクとやらにも “ユーグの世界に連なる何か” を置いて行ったと考えるのが妥当ですね。 …だとしたら、今の話はあまり嬉しい情報ではないですね。」 …ファルシオンが各地にばら撒いたと言うユーグの世界に通じる物。 …全部でいくつばら撒いたのかは不明だが、全てを集めなければリアがユーグの世界に辿り着けない、なんて事はないだろうが、出来る限りは回収しておきたい。 ファルシオンとて、妙な者にあの世界の物を託したりはしていないだろうが、仮にソウコクが滅んでいた場合、ファルシオンが託した物が強欲な人間共の手に渡ってしまった事も考えられる。 …とすれば、どんな風に悪用されるか分かったものでは無い。 「……まったく。ファルシオンは本当に面倒事ばかりを残して行く奴だな。」 同じ結論に達したのであろうライナーが冷たく吐き捨てる様に呟くのを聞き、キリエはくすりと笑いながら続ける。 「まあその意見には同感だが、今は今後どうするかを考えなくてはいけないね。 まずはここにあるファルシオンの置き土産で “あの世界” へ行く事が出来たら色々分かる事もあるだろう。 ソウコクを探すにしろ、もう一つのコウコクを探すにしろ、全てはそれからだ。  ……それで?ここにあるというファルシオンからの預かり物はいつ渡して頂けるのかな?」 「……それは明日、香月達巫女による儀式の後、ファルシオン神殿でお渡し致します。今暫しお待ちください。」 微笑んでいるのに冷酷な印象をうけるキリエに聞かれ、本能的にぞくっとした物を感じ、思わず言葉を詰まらせてしまった香月の代わりに、次代羅紋が静かに答えを返した。 そこで初めてキリエの意識は次代羅紋と名乗った若者に向けられた。 「…君のその額にある印。先程見たファルシオンにも同じ印があったね。それが “羅紋” なのかい?」 「ええ。これが緋国の羅紋です。蒼国の蒼国の、黄国には黄国の羅紋があり、それぞれ形が異なると聞いております。」 「それにしても随分目立つ場所に現れたねぇ。彼(ファルシオン)は項の辺りだったろう?」 この質問に答えたのはフーシエン・九重だ。 「羅紋は一般的に体の上部にあればあるだけ、強い力を持つと言われている。 俺も長い事この国にいるが、額に羅紋を持つ者を見たのはこいつが初めてだ。 加えてこいつは緋国には珍しい “動の羅紋” だ。  …羅紋は2種類ある。分かりやすく言えば、動の羅紋は攻撃の力、それに対して、ファルシオンを始めこの緋国の羅紋達に多いのが “静の羅紋” …つまり結界や癒しの力だ。 …ついでに言えば、俺をここに封印したのも静の羅紋の力だ。 当時の羅紋とファルシオンと俺、ファルシオンは3つの力を合わせてこの国の結界を作った。」 「なるほど。 では額に紋を持った彼はファルシオン以上の力を持っているという事ですね? …参考までにお聞きしたいのですが、幻獣界へお戻りになる気は無いのですか? 力を取り戻した今の貴方と、ファルシオン以上の力を持つ彼の力があれば、この島にかけられた封印を解いて幻獣界に帰る事もできるでしょう?」 キリエの言葉にハッとしたように顔を上げた香月は九重祈るような面持ちで九重の答えを待つ。 「……さっきも言ったが、俺はファルシオンの事は好かないが、ここの連中の事は割と気に入っている。 歴代の巫女達にほだされたというのもあるが、少なくとも見捨てるという選択肢は無い。 幸いにもユグが枯渇する前にユーグの子に癒してもらえたしな。」 香月達が見慣れた狐の姿のままそう話す九重は、その場にいる全員を安心させるように優しく見つめたのだった。 その後も幾つかやり取りをした後、歓待の宴までまだ暫く時間がある為、一同は離れにある九重殿の客間へと移動する事になった。 途中には何とも不思議な趣の広い庭園が整備されており、移動の最中に目を覚ましたリアは、初めて目にする樹木や草花、そしてそこに棲む地精霊とは違う不思議な生き物達を見つけ目を輝かせるのだった。 中でもリアが特に気に入ったのが、アカマツと名付けられた木だ。 ちくちく棘の様な細い葉っぱが特徴で、その木の下にはマツカサと呼ばれる変わった形の木の実が沢山落ちており、食すことは出来ないが、色を付けて飾ったり、装飾品に加工したり出来るとのこと。 更にその周りには姿形は地精霊と良く似ているが、気配が全く異なる不思議な生き物たちが沢山いた。 九重が言うには彼らは大樹ユグドラシルから発生したユグから生まれたのではなく、人間界の大地そのものから自然発生した生命体で、緋国では “アヤカシ” と呼ばれているそうだ。 「……ふーし、えん、…あの、子たち、……リアと、…あ…そんで、くれるかな……?」 ライナーの腕に抱かれたまま、アカマツの下にいるアヤカシ達をじっと見つめながらリアは九重に問いかけて見る。 「大丈夫じゃないか? 警戒心の強いあいつらがあんなに沢山、人の目に付くところに出て来るのは珍しいならな。 きっとお前の事を見に出て来たんだと思うぞ。」 嬉しい答えに、リアからあがった可愛らしい歓声と愛らしい笑顔に、九重が再び “アレな状態” になったのは言うまでもない。 9尾の狐が守る国10 END

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