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第5章ー45 9尾の狐が守る国-16

素早く右へ飛んで薙ぎ払う。 継いでその場で高く垂直に飛び、力強く振り降ろす。 着地と同時に今度は左へ飛んでくるりと回転、一歩踏み込んで鋭い突き。 打楽器のリズムのみで舞う剣舞の中でも、特に流れるように次々と技を繰り出し、飛ぶように舞う “雷光” 次代羅紋のその流れるような優美な舞を、緋国の者達は誇らし気に見ている。 一方で、リア達は。 「………にぃ…。…ね…?……これ、ライナー、と…お、なじ……?」 聞き覚えのあるリズムと、何となく見覚えのある動きに、リアはキリエの膝に抱かれたまま、キリエを見上げてこてん、と首をかしげた。 「……そうだねぇ。…ライナーにもあそこへ行って舞ってもらえば、同じかどうかわかるんじゃないかな?」 面白そうに放たれたキリエの言葉に、ライナーは頬を引き攣らせていたが、リアが期待一杯の瞳で己を見るのに、一つ大きく息を吐きだすと覚悟を決めた様に立ち上がった。 そうして片袖を脱ぎトライデントを召喚すると、ぐっ、と腰を落とし、リア達がいる雛壇から約20m先にある舞台までを1歩で飛んだ。 いきなりの乱入者(しかも武器を持って)に一瞬息を呑んだ次代羅紋だが、ライナーからの『続けろ』という無言の訴えに、そのまま舞を続ける。 止まっていた打楽器も、またリズムを奏でだした。 ライナーが踏み込めば、華麗なバックステップで羅紋が躱す。 羅紋が薙ぎ払えば、ライナーは高く飛び上がってそれを躱す。 お互いの武器を受け止め、あるいは躱しながら、二人の華麗な舞は続く。 お互い一族に伝わる“剣舞”を舞っているだけであるが、次代羅紋の剣舞とライナーの槍舞、ピタリと対を成すその舞に、その場にいた者達は皆、魅了されたのだった。 そうして舞の最後の型が終わり、二人に盛大な拍手と賞賛が贈られる中、次代羅紋はしばし呆然とライナーを見ていたが、愛らしい声がライナーと自身を呼ぶのに、ハッと意識を入れ替える。 キリエに抱かれて舞台まで来たリアに、ライナーはゆったりとした動作で近付き、自分に向かって手を伸ばすリアを受け取ると、舞をしっかりと楽しんだのだろう事が伺える上気して愛らしいピンク色に染まった柔らかい頬にキスをした。 「///……ね、ライナー。…ちょっ…とちがう、……だった…けど、いっぱい、おんな、じ……あった、ね……。…リア、たのし…かった……///」 優しいキスをもらったリアはご機嫌でライナーにぎゅうぅ、と抱き付き懐きながら、嬉しそうに報告する。 そして二人の様子を見ていた次代羅紋をライナーの肩越しに視界に入れた所で、リアはまた嬉しそうに、にこぉ、と笑った。 「……らも、ん…///」 「…! はい、神子様。」 【Side:羅紋】 物心ついた3歳頃から当代であるお祖父様から “紋” の偉大さ、またそれ(紋)を持つ者の役割と、偉大なるファルシオンの一族たる誇りを叩き込まれながら、日々文武に励み過ごした。 紋を持つ者が代々担っていた厳しい責務も、これが己の役目と、疑問を持つ事等皆無であった。 しかし私が18歳、妹の香月が15歳になった時、先代の巫女が身罷られた。 身罷られる直前、特定の者のみが集められ先代巫女から聞かされた『秘匿されて来たファルシオンの真実』と、『蒼国の羅紋による奇行』の事実は、古(いにしえ)からの伝承だからと受け止めていた様々な事を、私自身の心で考えるきっかけとなった。 …すなわち、紋を持つ者は無条件に敬うべき存在であり、また緋国の民は、古くからの習慣を伝承して行く事が何よりも大切である  という考えに疑問を覚え始めたのだ。 紋を持つ者とて、所詮は “人” そして人とは間違いを起こすもので、それは紋を持つ者とて例外ではない。 また古い物を伝承していく事だけが本当に最良なのか?という事にも初めて考えを巡らせるようになり、この頃から人々を導く能力があるにも関わらず古くからの“しきたり”の為に指導者となれない者がいる事や、逆に無能な者であっても、生まれだけで将来を約束される現状に疑問を感じ、その疑問を当代にぶつける度、激しく叱咤され口論になる事もしばしばあった。 そんなある日。 700年もの間、緋国の民の悲願であった『希望の神子様のご来臨』の予兆が、突然九重様からもたらされた。 …曰く、九重様のお力を封じて先代・巫女から柳生鉄平に託された “玉” が、“導き手”となる者の手に渡った気配を感じたと。 更に今より10日ほど前には、神子様のお力により、玉を通じて導き手や守護者と会話まで交わした事を知らされ、700年間待ち焦がれ遂に訪れようとしている吉兆に、その日から緋国では国を挙げての祝賀祭が続き、今に至っている。 緋国の民は、その最も敬愛するファルシオン様を基準に物事を考える。 故にファルシオン様と同等に敬愛すべき神子様を、誰もが黒髪黒目をしたスラリと長身の指導者然とした若者を想像していたのだが、今日初めてお会いした神子様は、想像したどんなお姿とも全く異なったお姿をされていた。 にもかかわらず、私にはすぐにその方が神子様だと確信した。 それは『紋の力』を持たない父や弟たちも同じであったらしく、その不思議な色合いに驚きはしていたようだが、その方が神子様であるとすぐに感じたようであった。 見知らぬ我らの登場に小鹿の様に怯えられ、守護者殿にしがみ付かれていた神子様。 小さく華奢な体をキラキラと光り輝く金の髪が縁取り、小さな顔(かんばせ)の中で煌めく紫の瞳は、これまで羅紋が見てきたどんな宝石よりも美しかった。 そして今。 守護者殿の一人が突然舞台へあがって来られた時は驚いたが、その後の対舞は驚くほどピタリと呼吸や型が揃い、かつてない充足感を己にもたらし、舞は終了した。 神子様が己の剣舞を見て頬を上気させ、天女も裸足で逃げ出す様な愛らしい笑みを浮かべて自分を呼んでいる。 「……らも、ん…///」 「…! はい、神子様。」 私はすぐに神子様の前に跪き、最敬礼で返事を返した。 「らも、ん……けん、の、…おどり……きれ、い、…ね。…リア、…すき。………また、…ライナー、と…いっしょ、…して、ね……?」 「……ッ…。…もったいないお言葉。ありがとうございます。」 【Side:羅紋 END】 9尾の狐が守る国-16 END

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