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第5章ー54 古の紋-9

翌日。 山裾の村では昨日同様、歓迎の宴が催され、その後は疲労回復に効果があるという名物の温泉に入り、翌朝はその温泉からご来光を堪能した。 一行が、芙蓉山への登山道に着いたのは正午過ぎだった。 リア達以外で緋国から同行するのは羅紋と九重だけである。 芙蓉山はとても険しい山である事から、香月達他の者達は山裾の村でリア達の帰りを待つ事になっている。 今日もライナーに抱っこされて登山口まで来たリアは、これから上る山道を暫くじっ、と見つめた後、ここは自分で歩きたいと、その腕から降ろしてもらった。 もちろん、代わりに2人の手はしっかり繋がれ、反対側の手は、空中にふよふよと浮いているエスティと繋いでいる。 ちなみに、この程度の高さであればペガサスに乗れば一瞬で辿り着くし、キリエのサンダーバードの羽を以ってしても同様であるのだが、リアが楽しそうなので、誰もあえてその事には触れない。 よって、一行は通常の登山道を人間と同じように歩いて登り始めたのだった。 最初の目的地は、三合目にある山小屋だ。次いで、5合目にある山小屋で一拍したのち、山頂を目指す計画となっている。 さて、三合目付近までは人の足なら3時間程の工程で、まだ傾斜も緩やかで登りやすい。 登り始めて30分程経ったころ、ライナーと一緒に先頭を歩いていたリアが、ふと何かに気付いたように、くるり、と振り返った。 ちなみにライナーとリアを先頭に、フィランドとカルラ、キリエと羅紋が続き、しんがりを聖獣2体が付いて行っている。 過保護な保護者達がリアを先頭に行かせているのは、こう言った場合、山道など気にせず、リアが行きたい方へ自由に歩かせるのが良いと知っているからだ。 「どうした?」 すぐ後ろを歩いていたフィランドが優しく尋ねると、 「……え、っと、ね、……リア、あっち、…いく。」 そう言ってライナーと繋いていた手を離してリアが示したのは、思いっきり山道から外れ草木が生い茂る、まさに道なき道。 それを確認し、今度はライナーが口を開く。 「…そうか。俺が道を作ってもいいのか?…それともリアがお願いするか?」 ライナーのこの問いかけに、リアは少し困ったように一度俯いたが、すぐに顔をあげると、視線を羅紋に移した。 「…リア様?…わたしに御用でございますか?」 大きな瞳でじっ、と見つめられた羅紋はすぐにリアの前に跪く。 「ん、…とね、…リア、と、…あやかし……さんたち、…に、……『ここ、とおして?』って、……おねが、い、…して、…ほしい、…の。」 「…妖にお願い、でございますか? …それでしたら、わたしなんぞより、リア様がおっしゃられた方がよろしいのでは?」 羅紋は昨日の赤松の妖達とリア達の様子を思い浮かべ、自分なんぞの出る幕ではないのではないか、と思う。 正直、昨日のリア達を見て初めて、妖達との意思疎通が可能である事を知った羅紋である。 緋国の者達にとって妖の存在は、犬や猫を見るのと同じような感覚で、同じ世界に共存してはいるものの、人と意思疎通が出来るとは思いもしなかったのだ。 これについては巫女である香月も同じで、大いに驚いていた。 そんな自分が彼らと意思疎通をはかるなど、到底考えられないと羅紋はやんわりと否定の意を示したのだが、リアは驚いたようにきょとん、と羅紋を見つめた。 そうして大きな瞳は羅紋に合せたまま、一生懸命に言葉を紡ぐ。 「あの、ね、あの…ね、……あやかし、…さんた、ち、……らもん、…すき、なの。…だか、ら…ね、…らもん、の…おねがい、……きいて、くれ…る、…よ。……らもん、は、…あやかし…さんた…ち、……すき…?」 一生懸命に言葉を探し、何とかその思いを伝えようと頑張っているリアはとても微笑ましくて愛らしい。 しかし羅紋はリアの質問に対し、答えに窮していた。 何故なら、緋国の者達にとって妖は好きか嫌いかで表現する類の物ではないのである。 人間以外の生物で好きか嫌いかを言う場合、大抵が “愛玩動物” として考えるが、その中に「犬好き派」「猫好き派」はあっても、「トカゲ好き派」「ヤモリ好き派」が公にないのと同じように、「妖好き派」など聞いたことが無い。 故に、これまで妖に対し、好き嫌いを判断した事など一度も無い。 だが昨日リアと遊ぶ妖達を見て、愛らしいと感じた事もまた事実。 どう言おうか言葉を探していた羅紋であるが、リアの明らかに気落ちした声に慌てて顔を上げた。 「……らもん、……だめ…?」 思わずリアの小さな手を取り、赤い紋が浮かぶ己の額に当てた。 「いえ、リア様のお願いをことわるなど、断じてございません。正直、妖について好きか嫌いかを考えた事はございませんでしたが、彼らが私を好いてくれていると言うのなら、嬉しいと思います。」 「……ん、と。……リア、と…いっしょ、に……おねがい、して…くれる、って、……こ…と……?」 難しい言い回しをする羅紋の言葉は分かりにくく、リアは片手を羅紋に預けたまま、後ろに控えた保護者達をきょろきょろと見ながら確認したのだった。 古の紋9 END

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