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第5章ー61 古の紋-16

リア達が山裾の村を出てから約5時間。 一行はとうとう灼熱の火口最奥に到着していた。 白い煙とガスが溢れた最奥部は、直径50m程の円形状に開けているものの、そのほぼ全面をぼこぼこと煮えたぎるマグマが覆っている。 普通の人間ならば即死するレベルの毒ガスと熱に満たされたこの場所でリアや羅紋、そしてカルラが平気でいられるのはもちろん上位聖獣達による加護のお蔭だ。 キリエ達も流石にここでは結界を張っている。 そしてしばしの間、神秘的とも言えるマグマに魅入っていたリア達だったが、間もなく聞こえて来たマグマの中からの呼び声に、全員が目を見張り、その声の発信源を探す。 『……神子様、そして守護者の皆様、よくぞここまでお出で下さいました。そして古の紋を持つ者よ、あなたがここへ辿り着く事を本当に長い間待っておりました。』 「……あなたは朱雀様なのですか?どこにいらっしゃるのですか?」 『…ええ、私は朱雀。私は宝玉に宿る身ゆえ、自身でここから動くことはできません。…古の紋を持つ者よ、私に触れていただけますか?私は “ここ” です。』 そうして朱雀がここ、といった時にマグマの中心部が淡く輝いた。 それから。 芙蓉山から下山し、裾野の村でもう1泊した一行は、翌朝早々に小さな港を出て帰路についた。 「………、う……くよ…、……こ…くよ、…う……?」 澄んだ甘やかな声が、まだ慣れぬ “自身だけを指す名” を呼ぶのに、次代羅紋はハッとしたように意識を戻した。 「…こくよ…う、…ど、した……の?…きぶ…ん、わる、い……?」 そうしていつの間にかペガサスを連れて己の目の前に立ち、大きな瞳を不安そうに揺らせて自分を見上げていたリアに、次代羅紋こと、“黒曜”は慌てて返事を返す。 「リア様…!…いいえ、少しぼおっとしておりました。すみません。…何か御用でしたか?」 展望デッキで青い海を見ながら昨日の朱雀との出会いに思いを馳せていた、黒曜は、優しくリアに問いかける。 「……ん。…あの…ね、な…まえ、……ちがうの、が…よかっ…た?」 「まさか。リア様が付けてくださった名に不満などある訳がございません。大切に、…大切に使わせていただこうと思います。」 「…きに、…いった…?」 「はい、とても。これ以上の喜びなど無い程に。」 誠実な瞳と言葉で告げられると、リアもやっと安心したように愛らしく微笑んだ。 その愛らしい笑顔を見ながら、黒曜は再び昨日の出来事に思いを馳せる。 あの後、九重の力を借りて煮えたぎるマグマの中から朱雀が宿る “宝玉” をすくいあげた。 そしてその宝玉に黒曜が触れると辺りが淡く輝き、目の前に伝説の四獣神・朱雀が現れたのだ。 体長はおよそ10m。 朱い鱗に覆われた体に、七色に輝く尾羽。 美しいその姿にはしかし実体はなく、その姿は人々が祈りの中で作り上げた “こうあってほしい” と願った朱雀の姿を現しているだけなのだと言う。 そうして自分をここに呼んだ理由を問うた黒曜に、朱雀は言った。 『私と契約を。』 「…契約?どういう意味です?」 『……あなたの紋は古の紋。私達と直接契約出来る力の証。これまであなたが使っていた祈りの力は、私達四獣神の力が及ぶ範囲内、…つまり緋国の結界の中でしか使えぬ力。しかし契約をする事により、あなたは “外” の世界でも私の力を使役できるようになるのです。…かつてのファルシオンの様に。』 「……!!」 『…わたしは彩国の民の祈りから生まれた身。故に彩国の結界外の事を知る事は出来ないはずなのです。…しかし私は今、漠然とした恐怖を感じています。外の世で何か恐ろしい事が起ころうとしている…。』 「……私にそれを止めよとおっしゃりたいのですね。その力を与えて下さる為に私をここへ呼んだ…そう言うことですか?」 それから契約に必要不可欠な “名” をリアが羅紋に与えた。 朱雀がリアに呼びかけた一番の理由は、羅紋に名を与えてもらうためだったと言う。 なぜ命名役にリアを選んだのか?というキリエの質問に対し、名、とは生まれた時から名乗ってこそ、自分のものにできる。 この度の羅紋のように、既に生まれ出でて23年も経ってしまっていては、名に力が宿るまでに過ぎた時の倍、…つまり46年はかかってしまうとの事。 ただし “力ある者” に名を貰う事ができたら、その時間を補う事ができる。 朱雀は、それには世界の神子であるリアが適任であっただと語ったのだった。 古の紋16 END

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